彼女になれますか? 【AKB創作小説】 -3ページ目

彼女になれますか? 【AKB創作小説】

AKB48のメンバーをモデルにした長編創作小説サイトです。男体化あります。少し不思議な学園ラブコメ風な内容になる予定です!チームK&二期生中心。






























暑い日差し。

青い空に白い雲。蝉の声と風鈴の音色が部屋に響き渡る。




風流だ、と呟きながら日本の夏を実感してしまう。
目を細め、涼しげな風鈴に耳を傾けていると。

「さーいーか!」

目の前の存在によって邪魔されてしまった。

「なんで部屋にクーラー付けへんねん!?」
「そんな贅沢できるか。それにクーラーは体を冷やすからあんま良くねぇし。」
「あー、出た出た。健康オタク。」

増田の小馬鹿にするような態度に、短気な才加は怒りを露わにした。
するとミャアと鳴きながら増田の足元に黒猫がすり寄ってきたので、彼は嬉しそうにその猫の頭を撫でている。

「そっちどうなん?」
「ん?特に変わりねぇよ。」
「なんかなー、俺の周りの友達がもう就活してんねん。焦るわぁー。」
「いや、早すぎるだろ。」
「才加くん、就活は年々早まってるらしいで?10月頃になったら始めた方がええねんて。」
「ふーん。」
「4年生になってからじゃ遅いんかなぁ?」
「んー、どうなんだろなぁ。でもやっぱもう時期考えた方がいいのかもな。」
「というかさ。お前、友達家にあげてんのになんでパンツ一丁なん?」

暑い部屋の中で気の重くなるような会話をしながらダラけている男2人。
そんな中、部屋の主はなぜかその鍛え上げられた肉体美を惜しみなく披露している。

「本当は全部脱ぎたいのを我慢してやってんだから贅沢言うな。」
「いや、贅沢て…。ほんま裸族の考えはようわからんわ。」

増田が呆れたようにため息をついたその時、携帯のバイブがどこからともなく聞こえてきた。
ズボンの後ろポケットからそれを取り出した増田は、少し嬉しそうな顔をして返信メールを作成している。
その表情からなんとなく予測がつく送信者。

「梅ちゃん?」
「そやねん!『講義終わったからそのまま有人の家行っていい?』って!」
「ラブラブですねぇ。」

友人カップルの変わらない仲の良さに、才加は素直に賛辞の言葉を贈った。
しかしそれが増田にとって面白くなかったようだ。

「人のこと言ってる場合か!」
「は?なんで?」
「俺は噂でまた聞いたで?この前、告白してきた同じ学科の女の子の事フったらしいな。」
「げっ。なんで知ってんの?誰が言ってた?」
「某妹の彼氏がそう言ってました。」
「しーちゃんか。くっそ、あとでシメとかねーとな。」
「なぁー、それよりなんで断るん!?大学入って何人かに告白されたんやろ?なんで?理由は!?」

才加が目を逸らし黙り込んだのを見ながら、増田はまたか…とため息をついた。
この手の話題になると、眉間にシワを寄せて何も言わなくなる友人の姿を何度見ただろう。

増田は諦めたようにその場に立ち上がり、「もう行くわ」と才加に声をかけた。

「下まで行く?」
「パン一男について来られたら捕まっちゃうんで大丈夫です。」

玄関の扉を開けながら「また来てなー」と言った増田に「ここ俺ん家だ!」と才加がツッコむと、彼は笑いながら帰って行った。
才加は急に静かになったその部屋へ戻り窓際のベッドに腰掛ける。
黒猫がそんな彼を横切り、涼しむためか玄関の方へとゆっくり歩いてるのが見えた。




あれから時は3年も流れた。


才加は大学へ通うため一人暮らしを始め、実家から少し離れた場所に部屋を借りた。
細い路地の奥にある、古い5階建てマンション。
赤い屋根の隣に面しているのが特徴のその物件は、彼が大学へ入学するために母親と探し当てたもの。

香菜は親友の智美と同じ大学へと進学し、今年2年生になった。
実家暮らしの妹は会うたびに兄の自由な生活を羨ましがっているよう。
違う大学へと進んだ増田は、高校3年の終わりに思い切って梅ちゃんに告白してからというもの、円満な状態が続いている。
大学で始めたバンド活動も順調らしく、近々小さなライブハウスで歌う予定らしい。

それぞれがそれぞれの道を歩き出し、その夢に向かって懸命に汗を流している。
たった一人を残して。


3年前の8月13日。
その日から才加の時間は止まったまま。

あの日、地上から夜空へと消えた天使の笑顔を彼は今でも探し続けている。
街角や人混みの中、いるはずのない講義中の教室の中でさえ無意識に探す癖がついてしまった。
ショートカットで背の高い女性を見かけるたび期待に心を震わせ、他人だと気付いて苦しくなる。この繰り返し。

サエの存在を覚えているのは自分だけ。
その事実がさらに才加を追い詰めてしまう。
写真も何も残されていない彼女の姿を、いつまで覚えていられるだろう。
今はまだちゃんと思い出せる。コロコロと変わる表情豊かな彼女の顔を。

だけどその姿を、その声を、その仕草を、いつまで鮮明に覚えていられるだろうか。
忘れるわけにはいかない。だけど記憶が時と共に風化されてしまうかもしれないその恐怖に、才加は怯えるしかできないのだ。

そんな辛くて苦しい気持ちを、誰がわかってくれる?
彼女に会いたくて押し潰されそうに痛む心を、誰に伝えればいい?

瞳を閉じれば今でもあの笑顔を浮かべて話しかけてくる天使。
自分を見上げながら、微笑む彼女。
やっと会えた嬉しさに、思いが通じ合った嬉しさに、何度も彼女を抱きしめる。涙を流し、もう離さないと誓う。

だけど夢から覚めれば。
瞼を開いて見えるのは誰もいない見慣れた部屋。
夢から現実へと突き落とされ、溢れる涙を抑えられない。
その悲しみが毎日のように彼の心に積まれていくに連れ、時折変な考えを抱いてしまう。

もしかしたらサエなんて存在、最初からいなかったんじゃないか?と。
自分の夢物語の話ではないかと。

そう記憶に疑問を感じてしまう時があり、そのたび頭を振りながらその考えを否定する。

じゃああの相合傘の絵は誰が書いた?
トミカなんて自分で買うわけがない。『宮澤サエ』と書かれた教科書も。

彼女はちゃんと存在した。
だからしっかり自信を持って彼女を待とう。
そう毎日自分に言い聞かせる。

ベッドに横たわり、窓の外から青い空を見上げる。
部屋探しでこの部屋を見学させてもらった時、南西向きの大きな窓に意識を奪われた。
こんなに大きかったら、空から見たとき彼女が自分を見つけやすいだろうかと。
馬鹿馬鹿しい話だ。
だけどそれが決め手となり借りたこの部屋。

どうしてこんなに必死になってしまうのだろう。
とても可能性の低い話だと頭ではわかっているのに。
それでも信じて待つしかない。今の自分にはそれしか出来ないのだ。

そう思いながら、天使が最後に見せた笑顔を思い出す。
自分の存在が消えるとわかった時、彼女はその運命をどんな気持ちで受け止めたのだろう。

そんなことを思い視界がボヤけたその時、ブーッと携帯の着信がなる。
画面を見ると表示されている母親のあだ名。
もしやと思い電話に出ると、騒がしい声が聞こえてきた。

『さいかぁー!迷っちゃったわぁ!』
「またかよ。」

これで何度目だろうか。
もうここに住んでから3年経とうとしているのに、母親は来るたびに道に迷ってしまうらしい。
こうして毎回迎えに行くのだが、面倒臭いのでちゃんと覚えて欲しいと常々思う。

裸だった才加は簡単にジャージとTシャツを着ると、玄関先でゴロリと寝転んでいる黒猫に「ススケ、ちょっと出かけてくるから」と告げ扉を開けた。

「マンションの前で立ってるから。」
『ちょっとぉ!マンションまでがわからないから困ってるんじゃない!』

ギャンギャンとうるさく吠えている声が携帯越しに聞こえ、才加は思わず耳を遠ざけた。

外に出ると暑い日差しが彼を襲う。
こんな気温の中、迎えに行かなくてはならないなんて億劫だな…と少し考えた後で才加はもう一度彼女に話しかける。

「んーと、今どこ?」
『えっと、クリーニング屋さんが見えるわぁ。』
「は?まだそこかよ!?そこを左だっていっつも言ってるだろ!」

携帯片手に歩き続ける才加は、ちょうど横断歩道に差し掛かったところ。
信号の色をチラリと確認してから立ち止まる。

『どうしたらいいのぉ?』
「あー、もうわかった!じゃあそこで待ってろ!俺が行くから!」

そう少し怒鳴り気味に言った後、電話を切り目的地へ行くため目の前の道路に視線を向けた。




その瞬間、目の前の光景に才加の息が止まる。



横断歩道の向こう側。
信号機の隣に佇む少女がまっすぐに彼を見つめている。


その姿には見覚えがあった。
所々外ハネのショートカット、少し丸い鼻。
才加はまるで時が止まったかのようにその場から動けなくなってしまった。


まさか、そんな。信じられない。
するとそんな彼を見ながら、彼女はふわりと微笑む。

それは3年前、何度も見たあの笑顔。
間違いないと確信すると、才加も彼女に向かって微笑み返した。


信号が赤から青に変わる。

車道の車が止まり、そこを渡ろうと待っていた数人が動き出した。
彼はゆっくりと向こう側へ足を進める。
彼女もこちらへと向かってくる。


近づくに連れてハッキリ見えてくる彼女のその姿。
服装は出会った時と同じキャミソールワンピース。その上からノースリーブカーディガンを羽織っている。

ああ、なんとなく大人っぽくなったな。
微笑みはあの日のまま。
あの不思議と吸い込まれそうになる深緑の瞳は失われたものの、代わりに黒く丸い瞳がこちらを見つめている。

彼女の首元に光るロボットのネックレスを見つけた才加は、痛いくらいに胸が締め付けられる。

あの時交わした約束を、一日だって忘れはしなかった。
何度も諦めそうになる心を奮い立たせ、必ず会えると信じて待ち続けていた。
彼女を思いながら。


今、ようやく果たされる時が来た。




出会いは必然。
奇跡でも偶然でもなく、出会うべくして出会ったのだと、彼は確信しながら歩く。



横断歩道の真ん中、お互いの目の前で足を止めた2人はゆっくりと顔を見合わせる。



おもむろに差し出した才加のその手に、サエは何も言わず自分の手を重ね合わせたのだった。












END