彼女になれますか?
第15話 奇跡は間に合わない
ピィーッと鳴り響く笛の音は、試合終了を意味している。
その音が聞こえた途端、ギャラリーの歓声と生徒たちの喜びの声が体育館中に反響した。
背の高い男子生徒がその場に立ち尽くし、その横でクタリと座り込んだのは彼の親友でいてこのバスケ部のエース。
後輩達が大喜びしている中、2人はいまだ勝敗の結果に実感が湧かずボーッとしている。
本当に行けるんだ、インターハイに…。
1年前に自らの失敗で行くことの出来なかった夏の大会。
冬は冬で熱を出してしまい予選敗退。
それが今年は自分たちの力だけでインターハイへの出場切符を手に入れたのだ。
後輩達が喜びながら「秋元キャプテン!」と才加の元へと集まってくる。
その一人一人の表情を見つめていると、自然に鼻の奥がツンとしてしまう。
顔をくしゃっと歪ませて男泣きをするキャプテンとそれを指差して笑うエース。
涙もろい先輩につられ思わず涙目になる部員もいる。
その時、応援に来てくれた友人たちがゾロゾロと応援席からこちらへ降りてきたのが見えた。
「おたまる!お疲れ!」
はしゃいだようにそこへ駆け寄ってきたのは悪魔の彼女。
タオル片手に高城に近づくアスカは額や首の汗を懸命に拭いているが、時折ドサクサに紛れて耳たぶを触っている。
「あっアスカちゃん、拭かなくても大丈夫だから!」
「あー、気持ちいい!耳かわいいー!」
困っているような表情の後輩を見ながら「高城の彼女、変わり者やなー」と増田が呟いた。
そんなエースに「彼女じゃないです」とすぐ否定する高城。
いつの間にか急接近していた後輩と悪魔の奇妙なその関係に首を傾げた才加は、一体この2人に何があったのだろうと気になっているようだ。
「もういいってば!俺、タオル自分で持ってきてるし!」
そう言いながらゴソゴソと自分のカバンを漁っている高城は、「あれ?」と驚いたような声を上げた。
その手には何故か固定電話の子機。
「あっ、携帯と間違えて持ってきちゃった…」
そんな彼に「天然にも程があるやろ!」と厳しめに突っ込んだ増田は立て続けにまくし立てた。
「この前は顔真っ赤にして息の仕方わかんなくなったとか言うてたし、どんだけ抜けてんねん!」
「す、すいません…」
アスカはそんな2人の会話なんて気にもせず、落ち込んでいる高城の耳を「かわいいー」と言いながら触り続けている。
そんな彼女を追いかけこちらへ駆け寄ってきた友人たち。
「お疲れぇーい!いやー!感動した!」
「たかみなやん!来とったんか!」
「当たり前よー。お前らが頑張ってるとこ見なあかんしなー。」
才加と増田に声をかけたたかみなは、その後高城の元へと向かった。
確か同じ中学だったと前に彼が話していたな…と才加は思い出す。
すると後ろから「オカロー!」とその独特のあだ名で自分を呼ぶ声に気付いた。
振り向くと一緒に暮らしている居候の彼女。
その深緑の瞳がキラキラ輝いているのは、感動の涙が浮かんでいるためだろうか。
サエは何度も「すごかった!」と興奮しながら顔を真っ赤にしている。
そんな彼女に思わず吹き出し笑いかけていると、島田が焦ったように増田に話しかけた。
「え!ええ?ちょ!あれ、もしかして秋元先輩の彼女ですか!?」
「んー?ちゃうちゃう。あれは才加の妹の友達。」
「え、そうなんすか?それにしてはすんごい親しげ…」
「あの子には色々事情があんねん。」
同情の眼差しをサエに向けたバスケ部エースは次第に「何故か俺にだけ冷たいねん、あいつ!」と言いながら怒り出してしまった。
そんな彼を他所に楽し気に話していた才加は、天使の顔を見ながらふと思い出したように彼女に問いかける。
「あー、そういえば優子は?」
その名前を聞いた瞬間、ドキリと大きく心臓が飛び跳ねたサエは少し吃りながらも「よ、用事があって…来れないんだって」と彼に伝えた。
すると少し残念そうにしている才加は、サエが彼と目を合わさないようにしていることに気付かない。
あの日からもう一週間は経つが、いまだに優子と顔を合わせることが出来ずにいる。
今日の試合に優子を誘ったが断られたとたかみなが言っていたのを聞いて正直ホッとしてしまった。
どうしてこうなってしまったのだろう?
あの日感じた感情が忘れられず、彼女への罪悪感が消えない。
また前みたいに仲良くしたい。だけど彼女に対してまたあの感情を向けてしまうかもしれない自分が怖かった。
少し困惑したような顔で俯いている天使を不思議に思った才加が声を掛けると、ハッとしたように頭を振る彼女。
「あ、そうだ!」
「どうした?」
「今日来れないからってめーたんが。」
彼の母親からの頼みを果たすべく背負ってきたリュックの中を漁る天使は、「あった!」と嬉しそうに言いながら中から預けられた品物を取り出した。
「はい!」
「…は?」
「めーたんから。」
「いや、だから…これをどうしろと…」
「食べてって事じゃん、絶対」
「なんでバナナなんだよ!」
サエが取り出したのは一本のバナナ。
真新しいそれは先が少し緑色で、熟すにはまだ早いものだというのがわかる。
それを彼に差し出すと、あまり納得出来ないのかしぶしぶ受け取っている。
「ったく…なんでバナナなんか!」
そう言いながらいそいそとバナナの皮を剥く才加。
「え?今食べんの?」
「うん、腹減ってるし。」
さっきまで文句ばかり言っていたくせにそのバナナをパクリと一口食べた彼は「うまい」と口をモゴモゴさせながら一言呟いた。
そんな光景を見て口を開けたままポカンとしているサエ。
すると少し離れた位置にいた増田が才加を指差して大笑いし出した。
「ちょ!お前!何バナナ食うてんねん!?ほんまにゴリラやん!」
「ウホッ。ってやかましいわ!ゴリラじゃねぇ!」
「お話中すみませんが、ここは飲食禁止です。」
才加の元へと駆け寄ってきた警備員のおじさんに注意された彼は、「あ、すいません」と頭を下げて平謝りしている。
チームのキャプテンが堂々と体育館でバナナを食べているそのシュールな光景に、「普通わかるやろ!」と親友がツッコミを入れた。
「いやー、ホンマさいかおもろいわぁー」
「…怒られちまったじゃねぇか。」
「オカロがいきなり食べるから!サエのせいじゃないじゃん!」
コツンと軽く頭を叩かれ、彼に対して反論する天使。
才加は食べかけのバナナをビニール袋に入れ、「後でまた食う」と告げサエに手渡した。
部員全員が集まり円になると、キャプテンから締めの一言を任せられた才加は部員一人ずつの顔をしっかり見ながら真剣な表情をしている。
「まずはインターハイに出場できることを喜んでてもいいと思うけど、まだまだ油断禁物だし、これから多分練習とかもハードになると思う。でもそれは勝つために必要な事だから、自分の力を信じて、えー、最後まで精一杯頑張りましょう!」
はい!と大声で返事を返してきたバスケ部部員達にテンションの上がった才加は、最後にカッコ良く決めようと思ったのか「出陣!!」と叫んだが、突然の事に部員達は対処しきれず困惑したように固まってしまった。
そのセンスに呆れた増田が「途中まで良かったのに余計な事付け足すな!」と注意し、その後解散となった。
帰り道、ショボンと落ち込んだ才加の隣を歩くサエは気を使うように色々話しかけていたが、それでも元気を取り戻さないため彼に先ほどのバナナを手渡す。
すると歩きながらそれを食べ出し、少しだけ機嫌を取り戻したのでホッと一安心する天使。
単純なんだが繊細なんだが。
だけどそんな彼がなんとなく可愛く思えてしまう。
「そういや今週から夏休みかぁー」
ようやく元気になった彼が天使に向かってそう話しかけると、彼女は驚いたように目を見開いた。
「え!?そうなの!?」
「うん。確か水曜日から…」
「わぁー!やったぁ!また海行こー!」
「今年はもう無理だよ」
「えー?なんでー?」
「3年生はもう受験控えてるから。俺もインターハイ終わったらすぐ夏期講習参加するし。」
「じゅけんー?」
「…。」
常識を知らない天使に受験の話をしても理解するはずがなかったと気付き、才加は唸りながら説明する言葉を考える。
「とにかくいっぱい勉強して、大学って学校に行くことだよ。」
「げぇー…いっぱい勉強?」
「そっ。そうしないとダメなの。」
そう言いながら無理やり納得させようとする才加と、難しい顔をして頭上にハテナを飛ばしているサエ。
理解をしてもらおうなんて気がさらさらない彼は、天使に「お前も参加したら?」と誘っている。
しかし余程勉学に励むのが嫌なのか、サエはその誘いに対して舌を出し拒否している様子。
そんな彼女を見て笑い出した才加と、つられて微笑む天使。
夏の日差しの中、2人はなんの取り止めもない会話を続けながら帰路を進むのだった。