『ニキーチン夫妻と7人の子ども』 | 豆ペコのブログ

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2009年5月生まれのチビ(♀)と2012年5月生まれのチャーコ(♀)の成長記録など

先日こかけちゃん からお借りしたこの本


ニキーチン夫妻と七人の子ども/レーナ・アレクセエヴナ・ニキーチナ
¥1,600
Amazon.co.jp


やっと読破いたしましたYonda?

1ページが上下2段に分かれていて、結構なボリューム汗でもとても勉強になりました猫村1





ニキーチン夫妻は両者とも教育者ですが、独自の信念に基づいて一見ユニークな育児をしていたため注目されました

例えば、家の中に体操室を作り、釣革や鉄棒のようなものを置いて乳児の頃からそこで活動させたり、はたまた、一般的には『危険』とされる針や釘なども子どもから遠ざけず、あえて触れる場所に置き、身を持って経験させるようにしておいたり・・・



1970年代前後のことであることや、舞台が旧ソビエト連邦であることで、若干今の日本での育児では参考にしにくい部分もありますが、この本を読んで私が強く感じたことは



いかなる教育方針であれ育児方法であれ、信念を持って貫き通すことが、親にとっても子どもにとっても、最も最善な育児であるということ



傍から見れば『危険そう』だったり『甘やかしすぎ』であったり『厳しい』ようであっても、それが『一番良い』と強く信じて子どもと向き合えば、いい結果がうまれるのではないか??



そうは言っても親も人間なので常に色々な情報を耳にしたり、よその子と比べたりして


「これでいいのだろうか・・・」


とか


「うちもよそと同じようにこうしたほうが、まわりから浮かないのかも・・・」


と感じたり、思ったりして育児の信念を貫くのは実際難しいと思います


私も母親歴たかだか1年3ヶ月ですが、たったこれだけの期間でも色々揺さぶられてきました



ただ、いつも念頭にあったのは


後悔しない育児



です。

0才から1才までの体も心もまっさらな時期は、とにかく自然に自然に・・・を心がけてきました


あまり刺激的なものはチビから遠ざけてきました。

例えばテレビや添加物、紙おむつもあまり使いたくなかったし、チビには極力『本物』を触らせたり味あわせたりしようと心がけました


1才を過ぎてからは、全て親が監視しながら生活することは難しく、『社会とのまじわり』もできてくるので、全てにおいて私が納得したものばかりに囲まれて過ごさせるのはできなくなりました


それでも『後悔』ないようにできる範囲で取捨選択するように心がけています


また、1才を過ぎると、そろそろチビの『教育』にも興味がでてきます


いつも楽しく読ませていただいているはたろう さんのブログを見て、これからの育児は


子どもは放っておいてもちゃんと育つ


とか


こどもがまだ赤ちゃんのうちから『教育』なんて言い出すのはかわいそう


という時代はもう終わったのかもしれないと思うようになりました



別にまだ1才になったばかりのチビに文字を教えたり数字を教えたりしようと言う話ではありません

常に親が子どもの『将来』を見据えて子どもに接していくのが大切なことなんだと思うんです



子どもが自分の意思で物事を決断し、実行することが完全にできるようになるのは高校に入るころだ、というのをいつだったか目にしたことがあります



それまでは良きにつけ悪きにつけ、親が導いたように子どもは育つのだそうです



まっさらな土壌の土を耕し、栄養を与え、素晴らしい種をまいて毎日水をまいてあげる


そこまでが親の仕事で、種から芽をだし花を咲かせるのは子どもの力ではないのかと思うんです



子どもに健康な体ときちんとした生活習慣を身につけさせ、将来必要になるであろう『教育』も子どもが不自由しないよう与えてあげる



すごく難しいことだと思いますが、将来『後悔』しないように、いつも頭の片隅にそう言い聞かせながら毎日を過ごしていきたいと思います



実家の両親がよく、


「子どもに財産を残しても、将来もしかしたら紙切れ同様になるかもしれない。

土地建物だって、あるに越したことはないかもしれないが、争いの種になることもあるし、まったく価値がなくなることだってある。

ただし、『教育』だけはずっと肌身離さず持っていることができるし、困ったときに自分を助けてくれるのも教育だから、『教育』に関しては、お金も時間も惜しまずに与えてきたと思う」


というようなことを言ってました

私がチビを妊娠してからぐらいからかな??



私はエスカレーター式の学校に行かせてもらっていましたが、当時は父が脱サラし、事業に失敗したりなんだかんだで家計は火の車だったそうです


母親は内職をした時期もあったようです


それでも

「女の子だから苦労させてはいけない」

と、私立の学校に頑張って通わせてくれました

毎月の月謝や交通費(バス通学でした)・修学旅行の積み立てで本当に大変だったようです



それでも当時は全くそぶりにも見せなかった両親

本当頭が下がる思いでいっぱいです



今でこそ会社も軌道に乗り、父も母も悠々自適な生活をしていますが、ここにたどり着くまでの苦労を思うと、母や妻になってより一層深く尊敬するようになりました




長くなりましたが、私が私の持論として思っていることは、とにかく後悔がないように、子どもにとって最善だと思うことに関しては、親が身を切ってでも与えてあげたい。

そんな信念をもってこれからも育児に励んでいきたいです好き