「私には何もない」
その沼に落ち込んでしまったのは、
知らず知らずのうちに
【他人軸】になっていたからでした
目線は常に外を向き、
意識も常に外側に向いている
だからいつの間にか無意識で、
【比べること】が当たり前
になってたんだと思います
これを握りしめてた頃は
何をどれだけ学んでも
不足感を埋めることが出来ず、
あれやこれや
次から次へと詰め込んで
ひたすら頭でっかちになってくだけで、
何も変わることが出来なかった
それに氣づけたことでようやく
学んできたことを実践することを
繰り返すようになって、
その時々の感覚や
次々現れてくるエゴや観念、
それに対して湧き上がってくる感情の
ひとつひとつを拾いあげたものに
向き合えるようになっていくと、
私にとっての要らないものが
わかるようになってきて、
少しずつ、ゆっくりですが
手放していくようになりました
そうすると今度は
自分の中がどんどん軽くなって、
なんかワクワクする感覚が
生まれてきたんですね
そういう変化が起きるのが
オモシロいなぁと思えば思うほど
楽しくなってくるので、
ますます自分の中に
意識を向けていくようになりました
*いわゆる人体実験です
変態に片足突っ込んだ瞬間です^^
そしたら
外側に意識を向けるヒマが無くなるから
【無意識で比べる】時間も無くなって
氣づけば
【自己卑下】だの【自己否定】だのが
無くなったかわりに
【心地いい】の時間が増えていき、
私の物差しは
【基準は外側の他人軸】から、
【私にとっての心地よさ】へと変わりました
不思議なもので
物差しが変わって思ったのが、
「私には何もない」は
【他人軸】を採用し続けたことで出来上がった、
【自分の感覚を抑え込む重たい蓋】
だったんだ、ということ
それが外れた今、
「私にはこんなにある」を見つけられる
楽しい毎日になりました
*「まだ握ってた~笑」も見つかりますけど、
それもまた楽し^^
たとえば、
「お金がない」と思ってたけど
↓
・毎日3食しっかりご飯を食べられてる
・スーパーで欲しいものが買えてる
・車を持って、仕事に行けてる
・家族で映画観に行ったり、外食しに行けてる
・読みたい本を買ったり、お話しを聴きに行けてる
とか
「時間がない」と思ってたけど、
↓
・スマホやパソコンを使い、ブログを書けてる
・好きな映画を観たり、本を読んだり、
お話しを聴きに行ったりできる
・どんなに短くても6時間睡眠できる
・思いがけないことが起きても、
ほぼバタつくことなく時間に間に合ってる
とか
「え? こんなことで?」
って思われるかもしれないですけど、笑
でも今の私には、
日々の当たり前に思えるようなことを
安心安全に、変わらず続けていけることが
とても幸せで有難いことなんですよね
「私にはある」ということは
私にとってのものであれば充分で、
人それぞれのものですから
外側を見て比べる必要もなければ、
外側から評価されるいわれもない
と、今は思ってます
「特に優れてるところとか、
才能なんてのもないもんなぁ」っていうのも
ずーっと抱えてましたけど、
これだって【比べること】から
生まれてたものでしたから
今では、
【今ここに在る私】そのものを
私しか持ってない才能だと
思っちゃってます^^
これからもこの
【有り余る才能】を存分に開花させて、
私らしく、楽しく発振していこうと
思ってますので、笑
引き続きお付き合いのほど、
よろしくお願いいたします
*筆が遅いので不定期になるのは
ご容赦くださいませ^^;
至福の一杯をどうぞ♡
今日も安心安全で
豊かな一日でありますように
ご自愛くださいね
千野原 みき
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