徳川綱吉と犬 | 宗教法人観音御光之会

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さて、今回は犬公方 徳川綱吉を紹介します。

*犬公方  江戸幕府5代将軍徳川綱吉につけられたあだ名で,公方とは将軍の別称。綱吉は戌  年生れであることから,僧隆光(江戸前・中期の新義真言宗の僧。豊山派興隆の功労者,生類憐みの令の黒幕。大和添下郡二条村出身。10歳で唐招提寺朝意の門に入り,12歳で出家。長谷寺の亮汰以下の諸師から密教を修学したほか,奈良諸寺で唯識,華厳,倶舎などを,京都で儒学老荘をも学んだ。貞享3(1686)年名声を耳にした将軍徳川綱吉に江戸知足院へ招聘され,城中鎮護の祈祷を担当。霊験あらたかなため綱吉と生母桂昌院 の寵愛を受け,権僧正に抜擢された。翌4年綱吉と桂昌院の意を迎え,生類憐みの令を進言した。宝永4(1707)年の引退まで,江戸城中にあって将軍家の安穏を霊的に守護すること22年におよび,この間権勢を利用して疲弊した各地の寺社復興にも尽力したが,綱吉死去に伴い威勢を一挙に喪失,開創に全力を尽くした護持院もわずかか30年で消滅した)のすすめによって,生類憐みの令を出し,特に犬を過度に大切にさせた。そのことに対する世人の批判からこう呼ばれた。

生類憐みの令を「天下の悪法」と言うが本当にそうか?

*生類憐みの令 江戸時代の元禄期に第5代将軍徳川綱吉によって制定された殺生を禁止した多数のお触れ(法令)のことである。「生類憐みの令」は、1本の成文法ではなく、135回も出された複数のお触れを総称する。何度も発せられたのは出しても守られなかったためである。24年間で処罰された事件は72件。犬、猫、鳥、魚類、貝類、虫類などにまで及んだ(犬ばかりに限らず、惣じて生類、人々慈悲の心を本といたし、あはれみ候儀肝要の事)ため、「天下の悪法」とも言われる。

生類憐みの令が出された元禄時代は、もはや命のやりとりをするような時代ではなかった。しかし、中には「かぶき者」といわれる、昔の片鱗を引きずり、命を大切にしないものも未だ存在しており、彼らは犬を食べたり、暴力を振るったりし暴れ回った。それを嘆いた将軍綱吉は、平和な世の中を作ろう・命を大切にしようと生類憐みの令を出した。

生類憐みの令の思想的な背景としては、綱吉が帰依していた仏教(輪廻の思想や殺生禁断の教え)と神道(死穢や血穢などの穢れの概念)に加えて、封建社会の規律・秩序を啓蒙・維持するための思想として徳川家康によって官学として採用されていた儒教(慈しみを広く他に施す仁の徳目、天地草木といった自然から人間に至るまですべてのものに内在する理(魂)の原理など)の影響があった。

生類憐みの令、決して悪法ではないですね。

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