戦争と対決の時代に、戦争への怒りを伝えたピカソを描く原田マハ「暗幕のゲルニカ」を読む | 函南発「原発なくそう ミツバチの会」 ノブクンのつぶやき

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 反戦のシンボルにして20世紀を代表する絵画、ピカソの「ゲルニカ」。国連本部のロビーに飾られていたこの名画のタペストリーが、2003年のある日、忽然と姿を消した……

 

こんな刺激的な帯の文章が興味を激しくそそる原田マハ「暗幕のゲルニカ」(新潮社刊)を読み終えた。

直前に彼女の「楽園のカンウ゛ァス」を読んでいて、期待感もあった。

 

「目の前に、モノクロームの巨大な画面が、凍てついた海のように広がっている。泣き叫ぶ女、死んだ子ども、いななく馬、振り向く牡牛、力尽きて倒れる兵士。それは、禍々しい力に満ちた、絶望の画面。瑤子は、ひとめ見ただけで,その絵の前から動けなくなった。真っ暗闇の中に、ひとり、取り残された気がして、急に恐くなった。目をつぶりたいけど、つぶってはいけない。見てはいけないものだけど、見なくてはいけない―。」

 

主人公瑤子の10歳の時の想い出から始まるこの物語は、ドイツ、イタリアのファシスト政権に呼応してスペインでフランコ将軍が蜂起、反乱軍と共和国軍との内戦になる中で、1937年スペイン北部の古都ゲルニカをヒトラーとムソリーニの空軍が空爆。多数の市民が一方的に殺戮され、そして共和国軍は次第に追い詰められていく。

その空爆をパリで知ったピカソは渾身の怒りを込めて「ゲルニカ」を描く。

 

空爆で破壊されたゲルニカの町

 

 

そしてピカソが描いた「ゲルニカ」

 

 

 

 

ブッシュ政権が9.11を経て「悪の枢軸国家」と位置づけたイラク攻撃を一方的に決定したことをパウエル国務長官が国連安保理議場ロビーで記者会見した時、いつもは背後に架けられている「ゲルニカ」のタペストリーに暗幕が架けられていた。

反戦のメッセージを最も強く観る者に伝える「ゲルニカ」の前で戦争行為への突入を発表するのはあまりにもまずいという事から、恐らくホワイトハウスからの要請があったのだろうと、瑤子は推測する。

 

物語はピカソの生きた時代と9.11後の現在とが交錯しながら展開していくが、主題はピカソが「ゲルニカ」に込めたメッセージだ。

観る者を捉えて放さないその強烈な主張は、人類が愚かなたたかいを繰り返していることへの怒り、国益や富やイデオロギーのために殺し合う人間という生き物への痛烈な批判だ。

 

今の時代も褪せることがない反戦・平和への思いを共有することの大切さを「ゲルニカ」は訴え続けている。

「芸術は飾りではない。敵に立ち向かうための武器なのだ」というピカソの言葉を、この不穏な時代だからこそ今一度噛みしめたいと思った。

 

 

「ゲルニカ」は現在マドリード市内のソフィア王妃芸術センターで観ることが出来る。

僕も確か防弾ガラスで前面を覆われた「ゲルニカ」を目の前で観たが、その時の衝撃を忘れる事は出来ない。

殺された子どもを抱いて天を仰いで泣き叫ぶ母親の顔を観た時、溢れる涙を抑えることが出来なかった。

絵画を観て涙を流したのは後にも先にもこの時だけだ。

 

 

 開催中の、単なる政治的パフォーマンスと化している伊勢志摩サミット。

安倍とオバマの対談では、沖縄での女性強姦殺人事件へのオバマからの謝罪もなく、安倍晋三は公務中の事件の第1次裁判権が日本にないという植民地並みの日米地位協定の改訂も取り上げなかった。

茶番としか言いようがない。

 

 伊勢神宮宇治橋前で各国首脳と握手を交わす場面を演出した安倍政権の狙いは、大宮司が改憲右翼団体・日本会議顧問を務めるこの神宮を世界的に認知させようとしたところにあるのではないか。異常な画面だった。

戦前への回帰を執念とする安倍政権はピカソの信条とは真逆のものだろう。

 

ついでに言うと、このサミット報道のためだけに作られたメディアセンターは28億円もかかったそうだ。愚の骨頂とはこのことか。

東日本大震災や九州地震で未だ避難生活を余儀なくされている国民の事など、まったく頭にないようだ。

 

「 各国報道陣の取材拠点となる伊勢市の国際メディアセンター(IMC)には、20年東京五輪・パラリンピックや19年ラグビーW杯のPRコーナーが設けられた。また、IMCの横には、日本の技術や伝統文化のほか、三重県の情報を発信する「三重情報館」などを設けた、仮設の別館(アネックス)が建設された。内部は三重県産のスギやヒノキがふんだんに使われ、和の雰囲気を醸し出す。総工費は約28億5000万円だが、もったいないことに、サミット後は取り壊し、部材を再利用するという。」  (日刊スポーツより転載)