巫kannagiのお喋りブログ

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昭和の時代が懐かしい!ほっこりします♪忘れていた記憶が蘇ります♪
懐かしのお品も取り扱っております。
https://kdkaikodou.buyshop.jp/

最近、TikTokとかLemon8とかも、楽しみながら、やってますが…YouTubeも楽しいですねぇ〜♬


👇️時代劇シリーズです❗️

椿三十郎の三船敏郎、座頭市の勝新太郎、子連れ狼の若山富三郎の3名です。


👇️このYouTubeは、懐かしいソングが流れます‼️


渋い勝新太郎がウケます❗️


👇️YouTubeは、こちらから❗️

スティーブ・マックイーンも懐かしく感じますねぇ〜♬映画『大脱走』のシーンですね~♬





👇️こちらは、日本のジーンズショップでの、リーバイスのポップと、拳銃無宿のレコードですね~♬




昔は、「トリスを飲んでハワイに行こう」と言う企画がありました。

もう一度やって欲しい企画ですねぇ〜♬

👇️アンクルトリスのハワイアン〜❗️


気持ちだけ、ハワイアン〜♬


燃える闘魂アントニオ猪木の、懐かしいのもありますねぇ〜♬

かつてのプロレスブームは、凄かった。

👇️新日のメモ帳です。ブローディへのローキックや、ダブルアームスープレックスの表紙の2種類です❗️



👇️こちらは、燃える闘魂アントニオ猪木の動画ですね~♬


是非、開運大吉懐古堂ショップにも、遊びに来て下さいねぇ〜♬

👇️探偵物語の工藤ちゃんから、一言あります❗️
心して聞いて下さいねぇ〜♬



お求めは、👇️こちらから❗️








銀座は、外国人が多かったですねぇ〜♬

マナーを知らないのか?男女共に、歩いていてもぶつかって来ます。立ち止まっていて、信号待ちしてても、ぶつかって来ますよ。

見ていると、中国人が、横柄な感じでしたね〜。



銀座のアクアリウム美術館は、素敵でした。金魚が可愛らしかった。





























是非、銀座に、行かれる機会がありましたら、寄ってみるのも、良いですよ。

癒されます❗️
☝️😉👍



懐かしく感じるCMは、沢山ありますが、アーモンドチョコレートも、そうですねぇ〜♬


昔は、三浦友和さんと山口百恵さんでした。友和さんには、申し訳なく思いますが、当時は、「刺身のツマ」と、呼ばれたりしてました。イケメンでしたが、百恵ちゃんの方が、売れっ子で、華がありましたから…



YouTube アーモンドチョコレート 三浦友和&山口百恵



また、渡辺徹さんと、キョンキョンこと小泉今日子さんのCMもありましたね。懐かしいですね。



でも、やはり、トシちゃんと聖子ちゃんのCMが印象的でしたねぇ〜♬




百恵ちゃんは、若いのに、大人っぽかったですねぇ〜♬
☝️🥰👍







かつて、豊臣秀吉は、「夢を見るのはタダだ」と言ったと言われてますが、50年前の若者の将来の夢は、素朴だけど、しっかりしていて、良いですよねぇ〜♬

恐らく、現在、70歳代の方達が、20歳代の頃の将来の夢なんだと思います。


50年前の将来の夢




かつての夢が叶ったのかは、わかりませんが、時代を感じさせてくれますねぇ〜♬


親を温泉旅行に連れて行ってあげたいなどもあり、今の人は違うんだろうなぁ〜なんて、思ったりもしますね。Facebookのリンクが貼ってある方は、全編で、銀行員になって、きちんとした社会人になりたいと言う女の子もいましたねぇ~♬


今よりも、何も無かった時代…無かったからこそ、憧れや夢が、世界へ向いたり、生活の利便さへ向いたり、社会貢献に向いたりしたんでしょうねぇ〜♬

☝🏻😄👍🏻

懐かしのメンズクラシックコミックの半袖シャツです。


鉄腕アトムやオバケのQ太郎、宇宙少年ソランのプリント柄です。


見ているだけでも、懐かしく感じます。




春夏秋に、着るには良いと思いますね。


今、32%offて、当ショップサイトにて、限定1点で販売しております。


着ても良し、コレクションしても良しですね。


映えると思います。


☟詳しくはこちらから、ご覧下さい。

開運大吉懐古堂ショップへ




あおい輝彦氏と言えば、『あしたのジョー』の主人公・矢吹丈の声が印象的でしたが、なんと言っても、初代ジャニーズでしたね。


あおい輝彦氏の「あなただけを」と言う歌も、良い歌でした。


👇️夜ヒットの番組でしょうか?百恵ちゃんや森進一さん、西城秀樹さんも見えますし、井上順さんもおります。



特に、このYouTubeの中での、ダンスが良いですね。





この手のふり振りのあと、何度か軽く頷くのが、懐かしいダンスです。


こう言うアドリブみたいな歌番組が、最近無いのが残念です。


「あなただけを」は、歌詞も良い歌なんですよ。

👇️ちゃんとした形では、こちらを…



今日、ちょっと思ったのは、知り合いと電車に乗っていたら、チビっ子を連れた家族が乗って来て、子供達が騒ぐので、知り合いが、「うるさくてしょうがないな」と言うので、「昔は、自分の家以外の公共の場の電車やバスの中では、他人に迷惑を掛けないために、騒がないよう、親が躾したものだが、今の親は、全くしなくなった」と言ったら、納得していた。躾もしない…


こんな時代になってしまったんだなぁ~、誰がこんな時代にしたんだ?と、感じると共に、こんな日本にするために、長年働いて生きて来た訳じゃないのになぁ~とも思いましたね。


だからなんでしょう。昔の方が良かったと感じるのは…古いもの、懐かしいものの方が、安心しますね。昔は、変わらないからね。


まぁ、懐かしのあおい輝彦と初代ジャニーズのYouTubeが、癒される、今日この頃です。

☝️😄👍

1970年代からブームになったBCL(Broadcasting Listening)は、最盛期よりも少なくなったとはいえ、まだ人気は衰えてはいなかった。


テレビが家庭に入って来てからも、ラジオを聞く家庭は多く、ましてや、地方局や海外放送局にまで、受信して聞こうとする人もいた。


ゲームなどには、攻略本があり、この現象は最近だけかと思ったが、70年代から、BCLにも、ガイドブックがあった。様々な放送局にチューニングして行くには、ピンポイントに、探し当てなくてはならないからだった。


拠り所のようなものだ。新聞のラテ欄を見ても、海外放送の周波数はわからないからだ。


☟こう言ったガイドがあったのだ。

最新の世界の放送局ガイド



このガイドには、世界のベリカードが紹介されたり、当時のラジオ受信機の広告が、かなり載っている。


見ているだけでも、70年代へタイムスリップしそうである。


懐かしのラジオ番組も、多くあり、ちょっと振り返ると、70年代や80年代へ、思いを馳せてしまう。


思い出にあるラジオ番組は、沢山あるが、やはり、『通学沿線気になるあのコ』が、結構、話題になった。


バスや電車内の通学沿線に出会う異性に、ラジオ番組を通じて、告白をすると言うもので、聞くたびに、ドキドキしてしまっていた。


ひょっとしたら…知っている人が、あの子が出ちゃうなんて…とか、妄想が広がったものだった。


もちろん、オールナイトニッポンや日立ミュージックインハイフォニックや、不二家歌謡ベストテン、パンチパンチ、城達也氏のジェットストリームなども、懐かしい番組だ。


欽ちゃんの番組、ビートたけし氏の番組、中島みゆき氏や、松山千春氏、鶴光氏など、愉快な番組が多かった。


80年代は、三宅裕司氏や、吉田照美氏も活躍した。


80年代を振り返るには、☟こちらが良いのだろう。勉強机に向かいながら、ラジオ番組を聞くと言う姿が、昔には良くあったものだ。

なつかしのラジオ大全 80年代


これに満足出来なくなると、海外放送局へ、アプローチされる人も多かったはずです。


ちょっと前のブログ記事にも記しましたが、BCL受信機が高額で、親に理解を得られずに、子供の頃に、断念した過去があったが、今は良い年齢になっていることもあり、出来るんじゃないかとさえ、思えるようになっている。


過去に、BCLをやっていたとか、断念してしまったとか言う人に、今なら、再開する環境があり、始めるとするなら、☟こちらの雑誌がオススメですね。

BCLライフ 2014年


2014年の割と最近の雑誌ですが、なかなか良いと思いますね。


読んで懐かしむのも良し、研究するのも良し、始める準備をするのも良しです。




☝️こう言ったスカイセンサーやグーガのラジオ機器を操って、海外放送を受信して、ベリカードを蒐集する小学生になりたかった、あの頃の夢を実現するチャンスですね。

☝🏻😊👍🏻




昭和9年生まれの父が、48歳と言う若さで他界しましたが、生前好きだったのが、田端義夫さんの歌でした。


マドロスに憧れ、船乗りになりたかったと、よく述懐しておりました。


そんな父の好きだった田端義夫さんの『かえり船』は、懐かしくなります。



敗戦後の引き揚げ船内で流れた、この『かえり船』は、特にこの終戦の日あたりで聴くと、郷愁を呼びますね…


↓この一番上のYouTubeでは、当時、引き揚げ船内で流れたアナウンスを、水前寺清子さんが、再現してますが、兵隊さんを労う言葉に、ホロっとしてしまいます。







激戦地から、漸く解放されて、爆撃や銃弾を受けることなく、安心して、日本へ帰れる訳です…けれども、帰ってからが、大変なのです。焼け野原で、何も無く、生きて行くには、明日への希望しかないのですから…


しかし、その後の復興には、勢いがあり、目覚ましいものがあったのは、本当に、どん底からの立ち上がるぞと言うパワーがありましたね。


玄海ブルース、島育ち、十九の春、大利根月夜、ダンディ気質も良かった。

マドロスの生き方を歌った玄海ブルース、沖縄民謡を歌った島育ちや、恋の歌の十九の春、武士の生きざまを歌った大利根月夜、戦後の男の純情な生きざまを歌ったダンディ気質も、心に響いたものでしたね。






是非、この機会に聴いてみて下さい。
昔の日本人と言うのが、どう言うものか、わかると思います。




この時期になると、かつての日航ジャンボ機墜落事故で、追悼のニュースが流れる。


不思議なことがあった。


この事故…実は、昔の、私の上司が、乗る予定だった。


大阪で会議があるので、事前に私の上司が、チケットを予約していたのだった。しかし、急遽、当日の行く間際になって、飛行機では、間に合わないことが判明した。


関空からだと、会議場までは遠く、新幹線なら近くて間に合うことがわかったからだ。


そこで、私の上司は、すぐさま、飛行機をキャンセルし、新幹線で向かった。


ところが、新幹線で向かっている途中、日航ジャンボ機が墜落したニュースが、新幹線の電光掲示板のニュースに流れた。死亡者の名前も流れた。


テレビでも、搭乗員名簿から、亡くなった方の名前が放送された。その中に、私の上司の名前もあり、会社内は、騒然とした。


社員の誰もが、飛行機で向かっていると思い、死んでしまったと…


ところが、新幹線に乗っていた私の上司は、自分が死んでいることになっているのに気付き、新幹線から、会社に電話した。昔は携帯電話がなかったので、新幹線内の電話でしたのだ。


電話を取った者は、ビックリした。死んだはずの人から電話が来たと…タチの悪いイタズラじゃないかとか、そんなバカなことが!とか、ニュースに名前が出てるんだぞとか、大騒ぎだった。


そんなやり取りの後、私の上司は、飛行機の予約をキャンセルしたのに、搭乗員名簿には、消されてなかったことを話し、新幹線で向かっている旨を告げると、皆、ひと安心した。


この日航ジャンボ機は、満席で、あの坂本九さんは、キャンセル待ちをしていたのが、わかった。キャンセル待ちのチケットを手に入れて、坂本九さんは、乗ることになったのだ。


そう、私の上司だった人がキャンセルした席に、坂本九さんが、座ることになった訳だ。


これには、さらに驚くべきことがあった。


私の上司だった人に言わせると…坂本九さんの誕生日が、上司と同じ12月10日だったと言うのだ。もちろん、生まれ年は違うのだが…


要は、仮に、何らかの理由で、坂本九さんが、あのジャンボ機に乗らなかったとしたら、別の同じ12月10日の誕生日の人が乗って、亡くなる運命だったんじゃないかと言うのだ。何か目に見えない力か、作用が働いたと言う感じだと…


それを聞いた瞬間、私は、背筋がゾッとしたのだった。