マフォはクロワッサンを食べた。
「おいしいクロワッサンだ。」
「ああ、おいしいクロワッサンだ。
だがしかし、そのおいしさの少なくとも
9割以上は空気の味なのだよ、マフォよ。」
マフォはコーヒーを飲んだ。
「おいしいコーヒーだ。」
「ああ、おいしいコーヒーだ。
だがしかし、そのおいしさの少なくとも
9割以上は水の味なのだよ、マフォよ。」
マフォはパブロンを飲んだ。
「おいしいパブロンだ。」
マフォのワインレッドのスープラに乗って私達はコバルトアワーの港町を走った。
「今夜はゴキゲンな夜だったがお前の運転もゴキゲンな運転だ。」
マフォは黙ったままアクセルをベタ踏みした。
返事が無いものと考え、しばらく間をおいてからまた言った。
「今夜はイカした夜だったがお前の運転もイカした運転だ。」
マフォは交差点をドリフトで右折した。
私は少し面食らったがやや落ち着いた素振りで言った。
「今夜はオサレでサクサクな夜だったがお前の運転もオサレでサクサクな運転だ。」
マフォは無言で路肩に車を寄せて停めた。
そして水中花から左手を離さないままで言った。
「私の沈黙があなたを3種類の言い回しへと導いた。
しかし回を重ねるごとにあなたは真実から離れていった。
おみくじは一回だけしか引いてはいけないって言うのご存知?
あなたはたくさんのものにつかまって縛られていないと不安で仕方がない哀れなお方。
そう、まるで自分で自分を縛るのが… 」
「危ない!マフォ、伏せろ!」