癸卯(みずのとう)のうさぎ年(2)-2
12年前のウサギ年、ある小学校の「うさぎ」を取材させて頂いたとき「うさぎ小屋」に張り紙があった。たしか「まど」さんの…と思い出して調べてみると『まど・みちお詩集』(岩波文庫)に「うさぎ」と題して掲載されていた。
「うさぎにうまれて/うれしいうさぎ/はねても/はねても/はねても/はねても/うさぎで/なくなりゃしない/うさぎにうまれて/うれしいうさぎ/とんでも/とんでも/とんでも/とんでも/くさはら/なくなりゃしない」と続いていた。うさぎの優しさ、うさぎの躍動感、無限に広がる草原、その行動が環境を破壊することはない。
警戒心が強くストレスには弱い、絶えず周囲を警戒、したがって敏捷(時速60~80㎞)、飼いうさぎは慣れると様々な感情も現し甘えん坊の時もある。好奇心も旺盛。これらの性格が物語の中では、機知を働かせて悪の象徴タヌキを懲らしめる「カチカチ山」となったり、相手を侮って負けてしまう愚か者「うさぎとかめ」になったりする。
しかし、昔からお月さんの模様は、餅つきのウサギに見えたことから、古来ウサギが月に棲む説話が伝わり、仏教においても「捨身慈悲・滅私献身の象徴」とも言われている。
これは「猿と狐と兎が、道端にうずくまった老人を助けようと、木の実や果物、魚などをとって来て老人に与えるが、兎は何もとってくるものが無く、猿と狐に焚き木に火を点けてもらい「肉を食べて下さい」と言って火の中に兎は飛び込んだ。倒れていた老人は帝釈天だった。兎の慈悲行に感心した帝釈天は兎を月に登らせ、永遠にその姿をとどめた」と言うのである。慈悲深い献身の象徴としての動物とされている。
謡曲『竹生島』では「緑樹影沈んで魚木に登る気色あり月海上に浮かんでは兎も波を奔るか面白の島の景色や」とある。延喜式には「三本足の烏、日之精也。白兎、月之精也」と。
今どきの子どもさんは、「月に兎なんか住めるものじゃァない。あれは隕石がぶち当たって出来たクレーターという凸凹なんじゃ」などと、兎角、知恵がつき理屈が早い。
嘘をついてはならない。人のものを盗んではならない。これは悪知恵。知恵だけでは人間は出来ない、正直な心とゆるぎない信念が必要と言われる。
「写真も小説も嘘だらけ…」分かっていてもこの嘘は解釈、読み方次第の問題、例えば証明写真と言っても人間が一枚の平べったい紙になっている、見た目は似ているけど、そんな平べったいものでない、本物は、真実は…もっともっと奥深いもの。
兎に角、兎も角、うさぎは多産で繁盛に富むため豊穣をつかさどるとして、山の神は白兎に乗って山を巡る、福島県の愛宕山では残雪が雪兎に見えるころなると「種まき兎」だと言われる。夢やロマンが生活ににじむ。
悪知恵のウサギが、サメに皮を剥がれ、先輩神様にとんでもない治療を教わり、泣いていた兎は大国主命に助けられ白兎になった。兎は反省しただろうか?
昨年の漢字は「戦」だった。さて癸卯年、氏神様に頂いた神社暦による恵方は南南東とあった。戦もコロナも御免こうむりたい。本年は如何なる展開となるでしょうか。
写真は市内の小学校で12年前に撮影した少女に抱かれた「ウサギ」
