ハマユウの角島へ
7月下旬のことだが「お兄ちゃん、明日、暇じゃったら角島のハマユウでも見に行かん」と電話があった。お天気はともかくとして、夏の角島はこのところ敬遠しているし、しかも夏休みになったばかりで土曜日、しかし折角の有難いお誘いである。時には思い切って渋滞も体験してみようか!との決断で、同行を決めた。
天気予報は曇り一時晴となっていた。翌朝、我が家は曇天だったが、北浦方面には雨が降ったらしい。ところで、吉見、川棚あたりまで車も多くない。二見から特牛、角島大橋を過ぎても渋滞に関係なくスムーズに角島夢ヶ崎に到着した。
角島灯台は一昨年のコロナ流行期になって以来一年半ぶりの訪問だが、今回はただハマユウを見るためにその場に立ったのである。
ハマユウは、ヒガンバナ科ハマオモト属、浜木綿・文珠蘭とも書く。日本では房総半島の南海岸から南の太平洋暖流が打ち寄せる沿岸の砂浜などに自生し、日本海側では山口県長門市の「二位が浜」が北限地とされ、山口県の天然記念物に指定(1956)されている。
万葉植物で、柿本人麻呂に「み熊野の浦のはまゆう百恵なす心は念へど直に逢わぬかも」(四九六)がある。分布地でいえば宮崎県は県の花。下関市、室戸市など5市が市の花。真鶴町など9町村が町村の花に指定している。この花が、夏の盛りに紺碧の海に対峙して白い薫り高い花を咲かせ、心を癒してくれるのが好まれるのであろう。
花は、7月から9月半ば迄だがオモトのような葉の間から太くまっすぐに茎を0.5~1.0m位のばして、先端に20個ばかり白く細長い6枚の花を咲かせる。
花言葉は「どこか遠くへ」「汚れが無い」「快楽、清潔」などである。
下関市は、昭和44年(1969)に、吉母海岸植物群落(記念物)として指定しているが、これはハマユウを中心にハマゴウ、コウボウムギ、ハマナタマメ、ホソバワダン、樹木のマルバシャリンバイ、トベラ、クロマツなど一切を含めて黒島一帯の植物群落である。
下関市では、海水浴場を利用する人は綾羅木、安岡などから吉母さらに土井ヶ浜、角島へと移り変わった。吉母の人気が出だしたころ黒島一帯にゴミを残しハマユウなどを持ち帰る人も増えた。そこで吉母小学校では校庭に「育苗園」を設けて夏休みも児童は水やりをして大きく育ったものを海岸に移植を続け文化財保護もしてきた。
角島は。北長門海岸国定公園の一部であり、夢ヶ崎は島の西北西にあって灯台と共に重要な観光地。中でもハマユウはこの砂丘地帯の夏の主役で、ここから延びる国石(くんぜ)岩礁は、かって北前船などが「10里沖を通れ」と言われたほどの難所である。
ハマユウの咲く丘には明神様が祀られ、その一帯には海に潜った海女たちがその漁を終えて陸に上がるとき、安全に済ませたお礼にと、その都度、海の石を拾って積み上げた石垣がある。明治8年には、灯台を築いた石工たちが建てたという鳥居もあるが、最近この鳥居の上にお賽銭箱が置かれていた。
国石岩礁を境に、波は東西から寄せてきてぶっかり合う凄さを実感するが、角島灯台の側にはここだけを照らすクヅ瀬照射灯も設置されている。
明神様の近くに立つと見渡す限りハマユウの花であり、妹は「ほらほら、やっぱり来てよかったじゃない、これほどたくさんのハマユウがあるって知らなかった。それに、この砂はきらきら光るねぇ!」と感激していた。この砂丘の砂は貝殻の破片をたくさん含んでいることでも特異な場所である。
何よりも、花崗岩造り塗装されていない白亜の灯台(重要文化財)が遠景としてあるのだ、やはりこの景色、渋滞であっても夏には見たい風景である。
写真は、重要文化財の角島灯台を背景にしたハマユウ群生地
