吉田の神楽団 | Issay's Essay

吉田の神楽団

691 赤間神宮で奉納の吉田子供神楽「土蜘蛛」(左)と吉田神楽団「八岐大蛇」から

 今年は、制限解除の大型連休となったが、まだまだコロナ感染が燻っていて下関でも先帝祭の上臈道中は中止され、何となく活気を感じなかった。
 それでも「5月1日に赤間神宮で蛇踊りがあるそうな」と聞いた。「蛇踊り??」何だかはっきりしなかったが、ともあれ出かけてみた。安芸高田市(人口約26000人)の吉田神楽団による神楽奉納だった。
 吉田町といえば、毛利元就が宗家を継いで郡山城を拡大し要害として中国地方計略の根拠地としたところであり、いわば長州としては関り深い場所である。赤間神宮では、水天門の内側に急拵えの舞台に万幕が張られ、正面中央には一三つの毛利の紋があった。
 奉納神楽の演目は、子供神楽「土蜘蛛」と吉田神楽団「八岐大蛇」である。
 「土蜘蛛」は謡曲を神楽化したもので、胡蝶という侍女に化身した土蜘蛛が源頼光に毒を盛ろうとして見破られ退治される筋書きで、神楽団の中でも主要な演目であろう。
 子供神楽は、中学3年生までの団員で現在は12名と聞いた。囃子方に7人が並んでいて、締め太鼓を打つ可愛い小さな子が並んでいて驚いた。左端の中学生女子であろうか甲高い笛の音に始まる囃子方のリズムに乗って、豪華絢爛な衣装をまとった頼光が登場し口上を述べて中央の幕内に入る。続いて侍女が現れ、ここからの展開は鉦や太鼓の流れに乗ってこの地方独特の舞が始まり、頼光に近づき胡蝶の正体が見破られると舞いながら上着を脱ぎ棄て、振り向いた瞬間に般若の面をつけた恐ろしい形相に変わる、この早業は見せ場であり見事であった。胡蝶の衣装と面はさらに変わり、途中で中央天井からすだれ状の蜘蛛糸が落ちる見せ場などもあって、最後に土蜘蛛は退治される。扇や刀など演技にすこしの稚拙さを感じたが、35分の熱演に観衆から盛んな拍手が送られた。
 そのあと休憩があって、いよいよ神楽団による「八岐大蛇」(蛇には違いないが)。
 中国地方では代表格の神楽で『記紀神話』の素戔嗚尊(スサノオノミコト)が大蛇退治をする、櫛名田比売命(クシナダヒメ)との婚姻譚にちなむもので、酒樽を担いだ老夫婦(アシナヅチ、テナヅチ)と娘(クシナダヒメ)が登場から始まる。高志(コシ)の八岐大蛇の悪行を聞き、娘をもらい受ける約束をして勇躍して大蛇退治にかかる。
 あの狭い舞台に、8匹の大蛇が登場、とぐろを巻き、たる酒を飲み干し鎌首をもたげ、素戔嗚尊と激しく所狭しと立ち回る、神話の世界から民衆の心の中に、それは誰もが知っている物語だが、演劇的に神楽が進行して行く演技の見事さは圧巻だった。
 最後に舞台出演の団員が挨拶されたのは14名だったが、昭和47年に結成され、団員の日常は各々仕事や勉学に励むもので、神楽を職業としている者はいない。現在24名と聞いたが、神人和楽という神楽の本質を求め日々練習に励み、さらに子供神楽団の育成にも力を入れているメンバーである。レパートリーは、高田系八調子、記紀物のほか元就公や羅城門など約20ばかりの演目があるとか。
 安芸吉田市内の美土里町には、平成10年にオープンした収容人員2000人の神楽ドームの門前町として温泉や料理屋、茶店などが並ぶ「神楽門前湯治村」があり、神楽ドームでは同市内の22神楽団が順次、発表の場として公演が行われている。
 私は以前、ここを訪ねたとき「この地が元気になれるのは農村の風土を反映する神楽でしかなかった。手作りで泥臭くっても心が反映してるのよ。神楽を見せたいと思ったのは、この地が発祥という『新舞』(伝統的な旧舞に対して、テンポが速く華やかさがある)にあります。あれは神楽ではないという人もありましたが、人が喜んでくれ神様が楽しんでもらえば良い、若い団員も入ってくれるんです。今では北島三郎のチケットをさばくのは大変だけど神楽大会のチケット入手は大変、神楽団のスターには追っかけもいるようです」などと、その門前湯治村々長さんが話されたことを思い出した。
 今回も、懐かしくその新舞の片鱗を見させて頂いた。
 写真は赤間神宮で奉納の吉田子供神楽「土蜘蛛」(左)と吉田神楽団「八岐大蛇」から