突然の鳥取旅(2)-1 石谷家住宅と七釜温泉
急なお誘いで鳥取県まで2泊3日の旅をした。ともに、すでに何度か主な場所は訪ねているが、彼は気になる温泉地、私は浦富海岸と倉吉の石仏を希望して出かけた。
本州西端の下関から鳥取県東北端の浦富は流石に距離があって、行きは中国自動車道で津山まで約400㎞、それから鳥取市街地を抜けて浦富まで80㎞、彼が求めていたのは兵庫県の七釜温泉、初日は約500㎞走ったことになる。帰りは海岸線、途中に無料区間という山陰道があり、これも利用しながら、ほとんどは国道9号線を利用した。
このコースでの見聞を書き留めておこう。
津山ICから国道53号を北上し那岐山(1240)の東、黒尾トンネルを過ぎると八頭郡智頭町になる。周囲は1000m級の山々が連なりその山峡の川が合流して千代川となり鳥取砂丘を育む源流である。面積の93%が山林の豪雪地帯という智頭の町は標高200m余り、因幡街道、備前街道と交錯する鳥取藩の宿場町、鳥取市内から約30㎞南にある。
この宿場町の「石谷家住宅」が、近世から近代への建築技術の粋を伝える歴史的建造物といわれ国の重要文化財になっているので寄ってみた。
敷地面積が約3000坪(900平方m)、広大な池泉式日本庭園を築き、これを囲むように40の部屋と7棟の蔵を連ねた木造家屋で、大正8年(1919)から約10年の歳月をかけて貴族院議員の石谷伝四郎が新築したという。現在は町に寄贈され公開されている。
玄関を入ると、広大な豪農の造りの土間から一段上がった囲炉裏の間などは約14mもある吹き抜けになっていて。松の巨木の梁組が見え、土間の横には帳場もある。2階への階段の手擦りの細工も見事だし、仏間、神殿の間などの設えはまさに住宅の域を超えている。天井、欄間、調度品、坪庭など当時の面影がそのまま伝わってくるものがあった。
初日の宿は、梅千代日記で有名な浜坂温泉郷を構成する温泉の一つ七釜(しちかま)温泉で、兵庫県では唯一国民保養温泉の指定を受けた、療養・保養・休養に適した健全な温泉地といわれている。源泉は、51.2℃、pH7.2、ナトリューム・カルシュームを含んだ硫酸塩高温泉で「炬燵いらずの温泉」といわれているという。
町の入り口に、七釜温泉の表示はあったが雑然として温泉町の雰囲気はない。路傍にひっそりとおかげ地蔵があり、私たちが予約していたA荘は入り口のモクレンが満開で先ずは雰囲気も良かった。
大阪の商人が別荘として建てたこじんまりした宿で、若夫婦が経営していた。
最初に説明されたのが、お風呂のことで「温度は45℃位でちょっと熱いですよ。水で冷やされても構いませんが、少しずつ足元からかけてなれると、中に入って動かず、熱いのを我慢してじっと入るのが、ここのお湯の楽しみ方です」というのである。
なるほど熱い。掛り湯を水で冷しながら慣らして、ここの流儀にしたがった。
主人は浜坂漁港の卸免許を持ち直接魚を仕入れているという。ズワイガニのシーズンを過ぎて、この日はノドグロとホタルイカが料理の主役だった。旅館は11軒あるが営業しているのは半分くらいと聞いた。
翌朝は、温泉のこの熱さに慣れた感じで爽快ささえ感じたのは不思議だった。
お天気は快晴、心配した波は1.0mと予報を聞いた。
写真は石谷家の住宅庭園(右)と七釜温泉宿に咲いていたモクレン
