俵山温泉(2)-1 | Issay's Essay

俵山温泉(2)-1

659 俵山温泉街入り口、正面が三猿まんじゅうの看板を掲げた老舗だった

 最近は運動不足の関係からか足元のものを拾うにも腰の調子が悪い。
 世はコロナ禍と言うけれど、大衆浴場であっても、かけ流し神経痛にも良いという俵山温泉、少しでも混雑を避けて、平日の火曜日に出かけた。
 下関市の東部を流れ瀬戸内海に注ぐ木屋川は、幹川流路の延長は43.7㎞であり、その源流は長門市の俵山地区の渓谷であり、温泉街は、本州脊梁山地西端の一位岳や大笹山などに囲まれ、そこにひっそりとある。長門市にはもう一つ大型のホテルやリゾート温泉旅館などが立ち並ぶ湯本温泉があり、こちらを流れる音信川は日本海に注ぐ。
 俵山温泉は、平安時代の中頃、延喜16年(916)に見つかったとされている。『山に入っていた猟師が世にもまれな1匹の白いサルを見つけて矢を射たが急所を外れて取り逃がした。翌日、白猿のものらしい血痕を見付けた猟師が後を辿ってみると谷川でサルが傷を洗っているのを見かけ今度こそはと矢を放つと、白いサルは白煙と化し紫色の光に包まれた雲に乗ってさらに山奥に向かうお薬師さんの姿が見えた。猟師が谷川に降りてみると暖かい湯がこんこんと沸き出していた』というのが由来である。
 温泉街の名物「三猿まんじゅう」はこの伝説をもとに考案され、代表的なお土産になっている。
 俵山温泉は、温泉研究家の松田忠徳氏がこの温泉で湯治されたことがあって、その泉質の良さから「大分県別府の鉄輪温泉とともに西の横綱と位置付けた」こともあって話題になったこともある。昭和30年(1955)国民保険温泉地に指定されている。
 俵山温泉街のバス停近くの路上には、数匹の猫が道の真ん中を占拠して、車はそれを避けて通らなければならないほど人通りもない。
 正面に見えるお店は、三猿まんじゅうの老舗・重村日進堂だったが、近づいてみると廃業していた。まんじゅうの器械にはカバーがかかり、その壁には「元気な心に繁盛の芽が伸びて行く サトウハチロウ」と書かれた色あせた軸が掛かっていた。その三猿まんじゅうは、向かいのお店・福田泉月堂でも造られているのだろうが、その日はお休みとなっていて、とうとうこの日は買いそびれてしまった。
 写真は俵山温泉街入り口、正面が三猿まんじゅうの看板を掲げた老舗だった