日本遺産と言われても 18 -旧宮崎商館-
JR下関駅から長府方面への国道9号線を唐戸の交差点で北に県道57号線に入り200m位、信号を過ぎる直前、西の端バス停の手前で左折の一方通行入口の通りがある。
この西の端大通りはかってのメインストリートで、目的の旧宮崎商館はすぐ右側にある。西に隣接して下関商工会議所(現在は駐車場)さらに旧逓信省下関電話課庁舎(下関近代先人顕彰館)があって、この一帯は明治後期には外国系の商社・洋館が立ち並んでいたと言われるが戦災などで一変した。
宮崎商館は、神戸で石炭輸出業を興した宮崎儀一が、明治26年(1893)に支店を下関に開設後、拠点を下関に移して明治40年(1907)に建築した建物である。
当時の下関は、船舶用の燃料貯蔵や補給のための給炭港として注目され、筑豊炭の販売・積み出しに三菱社が出張所を設けたほか、英国系のサミュエル商会、貝島合名会社など石炭事業を営む大手企業が進出していた。
古写真で見られる、旧英国領事館北側の煉瓦造り三階建ての洋館は、ジャーディン・マセソン商会下関支店で、後に貝島合名会社の本社だった。
さて、現存する旧宮崎商館の建物は、街路に南面する煉瓦造り二階建て、銅板葺き。建築面積197㎡。一階には中央部分にアーチ状の玄関があり元石と要石の間に迫石を挟む。左右の窓枠は切石の楣(ひさし)と窓台を延ばした水平帯で立面を引き締める。そして二階のベランダは要石を入れた五連アーチとして開放的、正面は美しいシンメトリである。
この建物は、戦災で屋根が焼け落ちたが幸い外壁が残されたため、戦後改修され保険や化粧品などの事務所、或いは住居、美容院などにも利用され、さらに平成20年(2008)窓まわりが古写真をもとに復元改修された。
現在、一階は医院、二階は最近まで女優木暮美千代の資料館となっていた。
旧英国領事館が出来て間もなくのころ建築されている宮崎商館は、隣接していた旧貝島本社ともデザインが類似していて、設計者があるいは関係しているのではないかとの興味もある。
関門地区の日本遺産と言われる建築群は、下関に関しては幾らか山口銀行別館で紹介されているが、総合的に紹介する資料館などが欲しいところである。
-日本遺産・関門ノスタルジックなどの資料を参考にした-
写真は旧宮崎商館正面と左側に先人顕彰館
