旅の記念品16-隠岐の駅鈴-
横綱牛の記念品で隠岐を語ったので、続けて隠岐で最も印象深く残っている駅鈴を取り上げておきたい。
駅鈴(うまやのすず・えきれい)は、千三百年の昔、孝徳天皇大化2年(646)駅伝の制度が制定され、官人の公務出張にさいして、朝廷から支給された鈴で、中央政府から諸国の国府に対して支給されていた。
駅鈴は、諸国の官人が公用で都へ上京するとき、また中央から地方に公務で赴くとき、駅の馬や人夫を徴用するための身分証明として使ったもの。即ち、都に通じる主要道路上(東海道・山陰道など)5里(20キロ)毎に駅を設け、馬や人夫を常備し、公用の官人の通行に供した制度があった。
駅伝の制度が定められた理由は(1)交通道路未発達のため、迅速、火急を要する通信のために駅伝による駿馬を常備する必要があった(2)諸国から、貢税の運搬、官人の通行のため、馬や舟を常備する必要があった。
隠岐国には、2個の駅鈴が配布されており、現存している駅鈴は此処にある2個だけということで、奈良時代の交通資料として重要文化財に指定されている。
澄み切った音色は古代の響きを伝えている。
この隠岐国駅鈴は、国造の末裔である玉若酢神社宮司、億岐家伝来の保管である。江戸時代、光格天皇寛政2(1790)年に新宮殿(京都御所)が落成した時に、古式に倣って隠岐の駅鈴を儀式に用いられこのとき駅鈴を納めるに使った朱塗りの唐櫃を御下賜されこれも重要文化財として億岐家宝物殿に保管されている。
私は、宝物館で駅鈴の話を長々と聞きながらどうしてもその音が聴きたいというと、実物の鈴の音を採ったテープがありますからと聞かされた。それはあたりの静寂を突き抜けるまさに凛とした涼やかな音色でその一瞬に感動させられた。そして、どの様に分析されたのか、金属の成分分析をされて復元された鈴があった。お望みならと、うり二つの鈴を見せられその音色もまずまずだった。値段も手ごろだったので隠岐の記念品として分けて頂いた。
余談になるが、後になって松阪市の本居宣長記念館を訪ねたとき「宣長が、2階の住まいから家人を呼び出したときに使用したのが鈴です」と、展示室のケースの片隅に置かれた鈴が、まさに駅鈴だったのに驚いた。奈良時代に使用されすでに散逸しているものの一つの駅鈴が国学者のもとにあった。宣長の時代、まさかレプリカでもあるまいに・・これが本物だったら重要文化財なんだが?・・不思議な気持ちだったが詮索はしなかった。
私が求めたものは、レプリカではあるが、気分なおしに時々これを遠慮なく振って鈴音を聞いている。
写真は、本物そっくりの駅鈴と隠岐の島の億岐家宝物館
