中野英治さんの写真集 | Issay's Essay

中野英治さんの写真集

624 中野さんの写真集表紙(下側)と見開きの写真ページ

 下関市の写真家中野英治さんが、昨年末それも暮れのおし迫った12月25日、写真集を発行した。タイトルは【『平家物語』祭りの世界】である。
 A5版横形厚表紙、132頁のずっしりと重量感のある見事な写真集で、中野さんが安徳帝の御衣の山鳩色と随所にアゲハ紋様をと希望して、これを活かした加藤昌子さんのブックデザインも素晴らしい。
 写真集の冒頭は『平家物語』の【プロローグ】として、宮島の厳島神社で撮影した平家琵琶の弾き語り奏者荒尾勉氏の写真に始まり、祇王寺の秋景、宇治川の激流、高野山の鶯阿弥陀如来像、熊野古道など平氏ゆかりの地の写真に、祇王、源頼政、平維盛、平時子などの「祇園精舎の鐘の声・・・・」に始まる文学的な詩歌が添えられている。
 そして【祭りとなった『平家物語』】の章となり、ここでは平家と熊野信仰、中世芸能と『平家物語』、義経と芸能、『平家物語』と神楽「天岩戸」、斎藤別当実盛と虫送り、次の章が【平家伝説地の祭り】で安徳天皇御潜幸伝説、平家伝説地に刻まれた祭り、最後の章として【赤間神宮と先帝祭】となり、先帝祭、壇ノ浦の伝説で写真は終わり、そのあと写真の解説や撮影場所、あとがきなどが添えてある。
 撮影地はほとんどが関西地方以西の西日本(含沖縄)で東北会津が一か所。総枚数150点ほど、すべて力作といえる。
 写真歴の長い中野さんは、折に触れて九州地方の祭りを中心に民俗芸能を題材に撮影を続け、民俗学としても価値のある貴重な記録写真を個展などで発表されていた。
 お住まいが下関であるだけに、当然、源平ゆかりの場所は脳裏にあって、数多く取材されたであろう行事の中から、このほど『平家物語』に集約することを思いつかれたのだと推察する。
 今まで『平家物語』を題材にして出版された本には、『カメラ紀行平家物語』(文/杉本苑子・写真/浅野喜市・淡交社)、『平家巡礼』(上原まり・光文社)、『能の平家物語』(文/秦恒平・写真/堀上謙・朝日ソノラマ)、『写真集 虚空巡礼-平家物語』(津田一郎・赤間神宮)などがあるが、これらは『平家物語』に沿った地域や遺跡を対象にしたり、物語を主題に纏めたものだったが、中野さんの場合はそれをプロローグにとどめて、むしろ平家物語から波及した地域(落ちのびた秘境で都を偲び再興を願う執念が祭りになった*著者)の祭りを集成したことに写真集としての新鮮さがある。
 「お祭り」といえば、春夏秋冬の農山漁村の生産を中心に神仏信仰と民間人の結びつきを表現するが、ここでは歴史を背景に伝統芸能の発祥を表出し、神仏と源平、合戦の勝敗と生活環境、源平伝説の存在などに関連する様々な祭事がここに現出されている。
 たとえば「実盛の虫送り」が、島根、愛媛、福岡、山口各県などで独特の行事として伝わることを記録し、その一つの長門市から出発して北浦に「さねもり人形」が担がれて歩く素朴な行事が、稲田を背景に何とも現代離れした神事であることを伝えている。また、北九州市の隠蓑で行われる「しび着せ祭り」は子どもたちも沢山いて賑わっているが、解説では「令和元年から再び非公開となった」とある、集落に子供たちが少なくなって、祭そのものの伝承が問題になったことも感じられる。
 「博多山笠」では義経や弁慶はあって当然と見ていたが、日田の「祇園」に知盛が現れ、山陽小野田市の「埴生芝居」に勧進帳、「唐津くんち」の酒呑童子と源頼光兜などにも発見があり、ページを繰る楽しみがある。また、九州山間部の「小崎山法師踊り」「東方太鼓踊り」「大木場山神祭り」「久連子古代踊り」などと泊まり込みで日数をかけ、一つの祭りだけでも多くの場面をものにしながら、その中の希少な一枚として此処に存ることを思えば、著者が取材した膨大な枚数の集大成でこの本が出来ていることを感じる。
 最後の章は、地元下関の「先帝祭」を中心に、その絢爛豪華な五人の上臈の姿、それも赤間神宮参拝の姿に絞った形で納められた。現在の先帝祭は、下関舞踊協会の奉仕で華麗厳粛に行われているが、いわゆる観光客が集まるイベント部分を排除しているのは著者の苦悩であっただろうか。境内の「七盛塚」や関門海峡の「平家の一杯水」の写真も数多い伝説の一面を印象的に物語っている。
 この本の中に、その秘境を挿入された、椎葉の「雲居の月」や祖谷の「かずら橋」の写真は、『平家物語の世界』を暗示させる貴重な効果があった。
 写真は中野さんの写真集表紙(下側)と見開きの写真ページ