コロナ禍中の選書会
学校図書館に納める本を児童に選んでもらうという選書会に、この最近、児童は変わっても、自分の撮影する写真の内容がマンネリ化しつつあることと、写真の発表にさいして学校や家庭の承諾が必要だからと‥何となく制約が生じていることもあってかれこれ1年半、少し遠慮していたが、2年ぶりに出かけて行った。
今春からは、新型コロナウイルス感染防止のため学校への立ち入りさえ制限され、学校側も、様々な行事が中止になる中で、この選書会も実施取り止めの所もあり、それでも何とかならないかと思案され、2学期になってからは前もってVTRでブックトークを見て、選書だけを少人数時間短縮でなどと学校単位で工夫され、苦心された時間割や方法を考えて実施される学校もあると聞いていた。
外部のそのまた外部の人間、写真家がそこに出かけるのも学校側として如何なものかと思いながらも、コロナ禍の社会情勢の中で、何とか選書会を実施されている現状を記録したいとお願いして、11月になって選書会同行、校長先生の承諾を受け出来るだけ距離を隔てての撮影だったが、この日は、平素から学校図書などのお手伝いをされている父兄の方々も居られて外部の者という意識が幾らか和らいだ気分にもなり、久しぶりに新鮮な感動で選書会に参加させて頂いたことを嬉しく思った。
広い体育館内は、換気をよくするために上下部の窓を開放し、図書を置く机の間隔も従来よりも離されていた。
この学校では1学年40人前後で、従来は低中高学年の3回のブックトークと選書となっていたが「蜜」を避けるために学年ごと6回の実施に変更。それは授業時間1時間の中で2学年の交代を意味していて、実際に子供たちがお話を聞き、本を選び本に親しむ時間が短縮されていることになるわけだ。
いま社会では、新型コロナの影響下でテレワークが進み、学校の事業もオンラインなどとなり、あらゆる面でIT化が進んでいる状況だが、喜怒哀楽や、先生と児童の伝達などは、表情の繋がりこそ必要な時期年齢層である。人間同士の心の結びつきは、やはり生身の人と人との出会いがあってより信頼と理解が深まるものだろう。
すでに児童たちは、VTRでブックトークを見ていたとはいえ、本の内容はともかく、本を丁寧にやさしくという接し方、そして選び方などの話は、当たり前のことなのだが表情は一変生き生きしていた。
これこそ、テレビ画面ではなく直に語り掛けてくる声の魅力なのだ。初めての体験で当然かもしれないが1年生の表情が一番に輝いていたのが印象的だった。2年生の児童がコロナウイルスの本に興味を持ち真剣に見入っていたのには驚いた。それも一人だけではなく各学年に興味を持つ姿があった。今回は、みんな違ったマスクをして可愛かったのも被写体として感動的だったし、マスクで口元は隠れていても、からだ全体で本の内容までも感じている姿態が発見できたことも新鮮な事だった。
高学年の場合は、選書会には慣れていてVTRですでに選ぶ本はほぼ決めている児童もいて、その自由時間、本に親しむ時間が増えているのは「ゆとり」であっただろうか?
ともあれ子どもたちは「みんな本が大好き」ということを再確認した一日だった。
写真は、選書会で無心に新型コロナに関する本を見る児童
