和同開珎と富本銭
『広辞苑第4版』で「和同開珎(わどうかいちん)」というのを見ると、「和銅元年(708)に発行された我が国で初めて鋳造された銭で、全国数ヵ所で鋳造された。その中に長門(下関市長府)などで遺物が発見されている」と記載されています。長府の覚苑寺境内には『史跡長門鋳銭所跡』の碑が建ち、出土遺物は『長門国鋳銭遺物』(重要文化財)として長府博物館に所蔵されています。
ところで先日、奈良県明日香村に平成13年9月に開館した万葉文化館を訪ねましたが、そこが「富本銭(ふほんせん)」の工房だったことを知りました。
「日本最初の貨幣・富本銭の発見」というニュースが流れたのは、平成9年のことでした。それまで“貨幣が最初に作られたのは下関の長府”だと思っていた私は、そのとき頭の中がパニックとなりましたが、そのことさえ忘れていた現場に着いて“あの「富本銭」の発見現場”と知ったときは驚きでした。
発見のいきさつは、健民グランドや飛鳥池の場所に万葉文化館建設が決まり発掘調査したところ、飛鳥池工房遺跡(史跡)の発見になったというものです。そこは、金・銀・ガラス・水晶を加工する工房、銅や鉄を鋳造する工房、漆工房まであったといわれます、特に注目されたのが「富本銭の発見」でした。それも鋳棹(銅を流し込んだ部分)や鋳張り(削り残し)のある富本銭、鋳型や仕上げの砥石などの発掘もあったといわれます。
万葉文化館の建設は、工房遺跡の発掘現場を復元する形で中庭に取り込み、館内には発掘成果の一部を展示する部屋を設けるなど“遺跡と共存”させて開館されたものでした。
万葉文化館は「万葉集」を軸に、「展示」「調査・研究」「図書・情報サービス」の機能を備えた古代文化の総合拠点としていて、展示の一つは、現代の日本画家154人による万葉集のイメージを表現した作品を集めた「日本画展示室」。もう一つは、万葉の時代を、当時の市場・歌の広場・職人・遊びなどを立体で展示したものや、アニメーション映画の上映などを行う部屋があり、屋外には、万葉人の詩情を駆り立てた植物を集めた庭園などもありました。
「遺跡共存」という新しいミュージアムの状況を見て、あの“富本銭のショック”も今は私の中で薄らぎ懐かしささえ感じています。
写真は、奈良県立万葉文化館中庭と富本銭(レプリカ)