天神さまの臥牛
もう、随分前のことですが「天満宮に如何して牛がいるの?」といったら「天神様が農耕の神様だからじゃろう」という者がいまして、それ以後も防府天満宮にお参りはしても、別に「何故」という疑問を感じたことはありませんでした。
ところが丑年ということもあって、一寸調べてみたので記録しておきましょう。
先ず天神様(菅原道真公)は、第56代仁明天皇の承和12年(845)6月25日、つまり丑年丑の日の生まれ、元服が貞観元年(858)2月の丑の日、薨去が延喜3年(903)2月25日、丑の日という因縁があるそうです。
また『元服の日に、松の大木が大風で倒れ、つないでいた白い牛が圧死した夢を見られ、これを気にかけて、自分が白牛を描いて丑の日に祀られた』という話があります。
それから『寛平5年のこと、茸狩に出かけていると何処からともなく白い仔牛が現れて道真公になつくので連れ帰って、のちに牛車を引かせていました。ところが7年経った延喜元年(901)正月24日夜、突然に白牛は屋敷から姿を消しました。翌日、宮中からの勅使は道真に左遷の命を告げたのです。一行が九州に発とうとした時、藤原時平の放った刺客に襲われ危機一髪というときに、忽然と白牛が現れて刺客を撃退し道真公はこの牛に乗って九州に赴いた』という、話もありました。
さらに、道真公の遺言に『自分の遺骸は人に曳かせず、牛に乗せて牛の行くところに留めよ』というのがあり『この遺言によって、牛に導かせたところ東へ歩いて安楽寺の近くで牛が座り込んでしまい動かなくなったので、その場所を墓所とした』といいます。
天満宮、天神様に、牛の像があるのは、道真公が「牛」を大変に可愛がり深く慈しんだことからのようで、ほとんどは『臥牛』(時には天神様が乗られたものもある)のようです。
ところが、ビンズル尊者のように「撫で牛」として信仰されているのか、何処の『臥牛』も、テカテカとツヤがあるようです。(写真は防府天満宮の臥牛)
