下関にゆかりの芳崖作品
いよいよ下関市立美術館で「狩野芳崖展 悲母観音への軌跡―東京藝術大学所蔵品を中心に―」が始ります。会期は10月4日から11月5日までとなっています。今回は何といっても、芳崖の代表作品である重要文化財の「悲母観音図」が下関でお目見えということが大きな魅力ですが、あらためて下関にゆかりのある狩野芳崖に関りのある場所と作品について紹介しましょう。
先ず、芳崖の旧宅のあった場所ですが、長府印内に小さな「旧宅跡」の標柱と説明板が建っています。狩野家の墓所がある覚苑寺は、長府安養寺にあり境内入り口の「長門鋳銭所跡」の碑に近く「芳崖の銅像」(中村辰治作)があります。墓所は本堂の裏手、この寺院の霖龍如澤和尚は芳崖の精神形成に大きな影響を与えたといわれ、芳崖の描いた肖像画が残っています。
少年時代に通った敬業館は、侍町にこれも石碑だけありますが、長府宮の内の忌宮神社宝物館は見過ごせません。また長府博物館、市立美術館に作品や遺品そして美術館屋外に芳崖の胸像(藤田文蔵作)があります。
さて、芳崖作品の奉納絵馬3面が忌宮神社宝物館にありますが、今回その内1面の「繋馬図」は、美術館の芳崖展に出品されます。
これは、安政3年に奉献されました。乱れた木目の現れた板に、繋ぎ止められたもどかしさから逃れようと苛立つ奔馬を描いたもので、生命感に溢れる姿は、当時狩野派の抑圧から脱しようとした芳崖の心境、気負いを感じることが出来るといえます。
他の2面は、「武内宿禰投珠之図」と「韓信股潜之図」であり、宝物館に収まっていますが、時勢を反映した芳崖の心情を見事に表現したものといわれていますので、是非、足を運ばれることをお勧めします。
前者は元治元年、藩主・元周の奥方が時局打開の祈りを込めて奉納した絵馬といわれ、神功皇后伝説に基づく華やかなものです。干珠・満珠を持って賊を撃退しようとする武内宿禰の、力感あふれる右手と足の踏ん張りは、まさに内憂外患、一藩の命運を託した切実感があるものといえましょう。
もう1面は、芳崖自信が慶応3年に奉納したもので、画面中央に足を広げた意地悪そうな2人の男、その股下を屈辱耐え忍んで潜り抜ける韓信の毅然とした表情を描いたもので、雌伏時代の自分あるいはこの時勢の長州人が抱く切実な状況を表していると、いわれています。
市内には住吉神社他に、芳崖ゆかりの地や作品が散見しています。