梅処尼(おうのさん)100回忌
先日、どこかの貸金業者が吉田松陰や高杉晋作ら長州藩士の名前を、出願され商標登録が認められたという無茶な話が報道されました。お酒やお菓子には、この種のネーミングも不思議ではありませんが、これが「名声を利用した利益取得」となれば、登録そのものに疑問を感じます。
ところで今年は明治維新140年に当たります。
高杉晋作が維新の夜明けを見ることもなく、慶応3年(1867)4月14日に没して141年です。そのとき愛人の「おうのさん」は24歳、晋作との出会いは、早くても晋作が馬関にやってきた文久3年(1863)ですから、共にした歳月は4年くらいの逢瀬でした。
史跡・東行墓の一段下の広場に伊藤博文の撰文「動けば雷電の如く、発すれば風雨の如し・・」に始る晋作の顕彰碑が建っていますが、梅処尼はこの碑がなかなか出来てこないのを心配して「旦那の碑がこない・・」と待ちわびながら、その建立目前の明治42年(1909)8月7日に遷化されました。晋作が病死して実に42年間、お墓に、寄り添い菩提を弔ってきたのです。
梅処尼のお墓は晋作墓の斜め前にありますが、今年は谷梅処尼100回忌にあたります。
不思議なことに、2代目庵主の谷梅仙尼が50回忌。3代目の谷玉仙尼は遷化されて20周年の節目の年にあたります。