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かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

2011/03/11東北地方太平洋沖地震がおきました。
伯母の話によると、私の血を分けた父はこの震災で亡くなった可能性が高いと、言いました。

1つめのタイムリミットの予想日、2014/03/10
私の「血を分けた父親」への強制認知です。
認知届 http://tt110.net/02syussan/C-ninti-todoke.htm
上記サイトにある「裁判認知」を行う予定です。

が、これが正しくていい事かはさっぱりわかりません。
判断に困ってることの一つでもあります。
そんな時間もないのも現実ですが。

後3つ私は司法関連の準備を行っています。
今は一人の友人の力を借りておりますが、正直弁護士無しで4つの裁判。
しかも、一つは東北地方の家裁、もう2つは関西・中国地方の家裁、1つはさいたま市家裁となるでしょう、そして1つは行政裁判に発展するのが分かりきってる、そんな司法関連準備の最中です。

一つは、養子縁組解除です。
私は私生児(親の認知も貰えない子ども)として生まれました。
母親は出産による摘出を受けております。

この子どもを連れて、男性と子連れ結婚を行った上での養子縁組状態です。
これは比較的簡単だと思われます。

で、この「養父母夫妻」に私は一切の養育を放棄されています。
この夫婦には摘出子がおりましてこちらはちゃんと養育されて大学まで行っているそうです。

兄弟間の不平等も酷すぎるのと、何で養育放棄をした人を私が親子として認めなくてはならないのだ?

ここで出さなくてはならないこととして、日本の福祉レジームは「家族依存型福祉レジーム」である現実です。

そして自民・公明・維新等はこの親の面倒を子がみるべきだとか言い出してる訳ですが、これ…おかしくありませんか?

養育放棄した親の面倒をみろって、【おいこらなんかおかしいだろ!】という事で、現在はできないとされている、母親との完全なる親子としての離縁を行う準備を行っております。

これはきっと行政裁判となるでしょう。

私は祖母に預けられた為、児童養護施設や児童自立支援施設に入所経験を持たないから根拠も出せないのです。

世の中、ハッキリ言って法律からこぼれ落ちまくってる人もいるわけですよ。

私だってそう。

母親と養父に当たる人の真剣剥奪(当時は親権停止措置がなかった)を市の法律相談の弁護士に相談して笑われたり、「馬鹿げてる」とまで言われましたよ。

だから、これまで司法訴える事も諦めていました。
一切、司法も憲法も国際法も何も守ってくれない。と…

やるだけやろうと思ったのは一人の友人がこう言ったからです。

「今までの不当な扱いをすべて、自分の所為・運命として受け入れるって反社会的な行為じゃないか?」

だから、友人の助言(司法資格を持ってないので)や時にはさいたま市家裁の人などの助言を受けて個人で裁判を行う準備をしています。

仕事量の多さ一部の事柄の難易度には途方にくれていますが。

本来出来れば遡って、性犯罪被害者として加害者側へ請求出来ればいいのですが、公訴期限も切れた刑事事件ですから、諦めています。
(※私の事件は昭和時代なので、半年しか強姦という事件の公訴期限がありませんでしたし、小学2年生がされたことが犯罪で尚且つ親告罪とかわかる訳が…)

以外と大変ですが、何とか生きております。

本音。

出来ればもっと協力者が欲しいですが、繋がり方もわかりません。

父親の名前がわかる証拠を取りに行く足がないのが一番弱ってるとことです。
車ないと半端なく大変なのです生家の場所は。
そして医療上の話をすると、事件が起きた地区ということもあり、私一人では到底行けません。

お金よりも繋がりが欲しい今日この頃でした。

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「学校生活記録・第二世代の理由」は通信制高校に転学したのと、現在専科履修生とはいえ、大学学籍者でもあるからです。

前の学校学校生活記録をよく書いてたのに、全く書いてないよなー。
ということで…言い訳一つ。

通信制高校及び通信制大学で通学制高校並にネタを探す方が大変です!

体力が無くて体育祭を…という状態ですし…。


で、ひとつ大学ネタを。
うちの学長はオバケです(アイコンが)
なので、とある悪友には「オバケ洋一学長」と…うちの学長は「岡部洋一」学長です。(・_・;

iPhoneからの投稿
「善良な人々」の差別に関する無知が、差別の解決を妨げているように感じる(秋原葉月) - 注目の記事 - BLOGOS(ブロゴス)
http://blogos.com/outline/65308/

[記事より]「自分が直接差別されることのない場所にいるマジョリティは、たとえ善良な人であっても差別について無知になりがち」

で、捻くれ者の私は、まず【善良な人々】とはなんぞや?となる訳です。

【善良な人々】とは?「差別とは無縁の世界の人、則ち、日本における一般的なレールを走れた人々」を私はまずはじめに想像します。
【善良な人々】とは私自身の事は示されていないようにも日々感じて生きております。

確かに前者の【善良な人々】(つまり自分自身が差別される側にならないであろう人々)であるマジョリティ層である彼らは、(知らぬ間に差別をする側になっても)差別をされる側にはなりません。

ここで、注意させていただきます。
マジョリティ層も差別を受けることもあります。
然しながら、彼らが受けたかもしれない差別より、ここでは、もっと深刻で根深い差別の話を展開します。

勿論、私自身、差別に軽いも重いも無い事も知っております。


確かに、差別的立場に立つことがない人と言うのは実に日本国内にも多く、国内における差別階層とされる、女性すら【女女差別】という問題が存在する事すら知らないマジョリティ層(フェミニスト)も本当に多いのは私自身が経験も実感もしています。

【女女格差】や【身体・知的・精神の3障碍の各種の扱いの差】に代表される差別される側同士の分断化です。

これが本当は厄介な問題で、差別問題を余計に解決し辛くしているのです。

例えば、関係無いように見える幾つかの私自身のTweetを引用してゆきます。

とある甘味の言霊語録@kanmin_bot
嫌な人の子供でも少しだけで良いです。 子供の為に相手に「ありがとう、この子を此の世に産む手伝いをしてくれて」と感謝して欲しいのです。 母に「産まなきゃ良かった」の言葉しか貰ってない子供の願いです。 ※そして、どこかに居る私の父に届けばと思ってtweetします。

上記私自身のTweetBOT発言につけたしました。

「憎たらしい相手の血を引いたとしても、子供の為に相手に「ありがとう、この子をこの世に産む手伝いをしてくれて」と感謝して欲しい」のが私の1つ目の願いです。
もう1つは「私生児が嫌いだ」と言わないでください。私生児はアメーバじゃない!


日本の差別の中に「父親不明の子供」への偏見があります。
【母親が絶対に産みたいから産んだ。】
という例もあれば、「堕ろせなくて産んだ」(未受診妊婦/駆け込み出産問題等)
どっちの親でも1つの共通項があります。

子どもは親を選べません。
子どもは生まれ落ちる家族も選べません。
子どもは生まれ落ちる社会階層も選べません。
子どもは【歓迎されて生まれる】か【厄介者と扱われる運命】すら選べずこの世に生まれさせられるのです。

I was born
I was born って受動なんですよね。
もし、積極的に産まれたならば?
って反対語を探しても見つからない。

つまり、子どもは術からず「産まれさせられる」


2013/07/03
慣れてるけれどさ、私は、何重にも被差別者属性を持つ人間である。
慣れてるんだけれどさ、差別される事も、否定されることも。
だけれども、やっぱり辛いわ。

日本国籍所有者?だから何?
日本国籍所有者でもさ、同じ日本国籍所有者に差別されるんだわ。
女だからなに?同じ女に差別されるんだ


ハッキリ言ってこのTweetした時、私は自分自身の「沢山の差別される理由」で苦しんでいました。
ハッキリ言って、今も辛いです。

努力でマトモな親の元に産まれる事すら出来ないのです。

Twitterである人に「認定弱者」と言われました。
ハッキリ言います。
今でもぐさりときています。

何を持って「認定弱者」なのでしょう?
何が「認定」なのでしょう?

福祉が受けられるのが「認定」なら日本国籍者みんな何かしら福祉を受けているのです。

働かなくていいように見える、働かなくて許されるのが「認定」ならば、私はそんな認定要りません。

だって、何のための生きてるの?
誰にも歓迎されずに産まれたのに?
私がここに生きる理由も見えない。

ある意味一番何故か幸せな労働者だった時の昔話をしよう。
会社は既に破産をしてしまって存在しないから書こう。

神田精養軒のお菓子工場で、働いてた頃、商品がね、五つ星つくと嬉しかった。
ああ、神田精養軒のマドレーヌ美味しいと言ってくれるんだ。

通勤の道のりの大宮駅で、マンスリースイーツってイベント的な広場で神田精養軒の方にお客様が殺到してるのをみると嬉しかったね。

ああ、あの製品に自分が関わってる。
それだけで何故かIT業界の時より幸せだった。
あの日までは。

第一経営破産までは。
工場内の空気が異様でも、喜ぶ顔が思い浮かぶ商品作れる幸せがあったからね。

今では、そんな幸せもみつけにくい。
労働者として社会の誰かの役に立つのか?

自分は「認定されてしまった弱者」だから働く機会ももうないのだろうか?

もしかしたら、いじめた人間より社会的に何かは追い越せるかもと淡い淡い期待を持って這い上がって来たが、無駄だったのか?

等思いながら「認定されてしまった弱者」を考えてしまっている。

そんな折に、私の自宅でね、お隣さんが孤独死したんだ。
孤独感に耐えられなくなってた。

ノイローゼにもなっていた。

そのタイミングで、生活保護受給者の遺骨が棄てられたとのニュース。

もしかしたら「家族も友人も持てない、そして働くため資格・学歴も無いと、認定されてしまった弱者」という意味ならもっと、深い(不快)差別の言葉なのだと思う。

「認定弱者」という言葉は。

差別というのは案外近くにあるのです。

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「排外デモ批判の記者を脅迫容疑=会社員男を書類送検―大阪府警」
ガジェット通信
http://getnews.jp/archives/373286

 送検容疑は、2月11日、女性が開設したインターネット掲示板に「良い朝鮮人も悪い朝鮮人も追い出そう。女性は殺そう」などと書き込み、脅した疑い。


上記記事によると、自分が見て腹が立つ記事を書いてるから、脅迫するというのはまさしく相手側の「表現の自由」を侵害をしていると言えなくないだろうか?

「表現の自由」には対として「(不愉快な表現)を見ない権利」があると筆者である私は思っている。

しかしながら、身勝手極まりない理由で「表現の自由」と「言論の自由」を脅かし、脅迫を行うのは卑劣であると私は宣言致します。

私も、ツイッターという場で「表現の自由」と「言論の自由」を脅かされている立場で他ならないからです。

元々「言論の自由」や「表現の自由」は己の表現や言論に責任を持ち、他者の「言論の自由」や「表現の自由」を侵してはならないものであったと私は感じております。

この「(不愉快な表現)を見ない権利」「表現されない権利」については次回の記事のネタなのでおいておきます。

何故「(不愉快な表現)を見ない権利」もあっていいとの根拠と理由の説明や背景はこの記事から外れるからです。

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