かんみろぐ -20ページ目

かんみろぐ

ファミコン世代の現役高校生という謎の属性を持つちょっぴりヲタクな
UMA甘味堂という人物のどたばた日常記録という名前の日記。
+ポタリング記録とさいたま市某区の空記録がメイン?

産んで欲しくないのに勝手に産むのだから認知はしない : 妊娠・出産・育児 : 発言小町 : 大手小町 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2011/0730/430575.htm

この回答の殆どが「大人の都合」だけで構成されています。

「生まれてきて欲しくなかった子ども」

という存在は生きているだけで罪ですか?

生まれてくる。

それすら罪ですか?

「産まれ、生きる。たったそれだけで、罪」

産まれる事すらも罪とされた子どもに何故、親の面倒を見る義務が生じるのですか?

この国は子どもに絶対に優しくなんかない。

特に「産まれる事すら望まれなかった子どもには、生きる事、普通に過ごすすら厳しい」それが日本。


「大人達の都合だけで、産まれ、生きる。たったそれだけで、罪される子どもが普通に存在し、公の場で語られる。」
この状態及び生存すら否定する言論が罷り通る状態・常識は国際的な条約である、児童の権利条約に完全に違反である事を指摘します!


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正直言ってしまうと、ある1名のある行動から、とある集いへの参加を取りやめた。ここは本人以外は全く、理解しづらいだろうな。

けれども流石に1年間以上謝罪も何もない人間と会うというシチュエーションには無理がある事は了解して欲しい。


実はもう一つのグループへの警告でもある。
2013年2月~6月のハーグ条約の運動グループでの岡部・古市両氏に関係する事件とそれにかこつけて助けるつもりが投げ捨て私を傷つけた人々への警告でもある。


と、いう訳で関連するあれこれを並べてゆくこととする。

「善良な人々」の差別に関する無知が、差別の解決を妨げているように感じる(秋原葉月) - BLOGOS(ブロゴス)
http://blogos.com/article/65308/

この記事へのオマージュっぽい私の記事も載せておきます。
「認定弱者?」差別は近くに存在しているのである。|かんみろぐ http://ameblo.jp/kanmidou/entry-11564423598.html

実は目の前にふっと通り過ぎた武蔵野線(貨物)に飛び込もうとする程ショックな事を元友人に言われたのだが、この2つのエントリーに共通する「差別に関する無知」と「認定弱者」やっぱりキーワードの1つだと思うのである。

勿論、岡部・古市両氏の件もこれは非常に絡んでくる。

カウンセリングサービス■心理学講座「誰かをバカにするときの心理」
http://www.counselingservice.jp/lecture/lec317.html
誰かをバカにしてしまう場合には、いくつかの異なった心理パターンがあります。
自分のステータスを作りたい場合は、相手をバカにしてあたかも勝っている(負けていない)自分を感じるようにします。

はっきり言って、謝罪すらもないことと、女としてというより人間として見てないというより、見下す相手で尚且つメサイアコンプレックス的欲求を満たせれるちょうどいい人間がその人達それぞれの立場的に利用できる手頃な人間が欲しかったのだろう。と思わざをえないのです。


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https://twitter.com/kanmin765/status/353485066925637632

後ほどエントリーにも書きますが、
「親にすら生まれてくる事を歓迎されなかった子どもは生きてるだけで罪ですか?」
この一言は昨年2月から9月までの傷に関係するすべての人に問いたいことです。

ちなみに、私がその事件に絡むとある僧侶の所属団体である日蓮宗の公式見解も出しておきます。
袈裟をきて言った言葉は、仏門者としての言葉である

その僧侶の言葉を借りると

つまり、私は生きてることが罪ということである。


早く自殺しなくてはならない人間なのであるが、その自殺の約束の場所にガソリンを持って行くのも自分で行う必要性がある(※自殺幇助罪という巻き込みも避けたいので)のでうまく見つからないのである。

勿論、とりあえずは全ての裁判を終えてからだ。
そしたら約束の地で自殺をすることにしている。
これは私自身がその場所にて自殺を行う事によってでしか、私の怒りと哀しみとその者の犯した罪の深さを表現できないからである。

何万回その者に謝られても日蓮宗の高僧が来て土下座しても私には既に響かないのである。

なぜならその尼僧は私の母親と同じ罪をし、娘に同じ苦しみを味わせる行為すら行おうとしているのである。

私がこの世で一番防ぎたい行為をハーグ条約推進派がやるんじゃねーよ!

って怒りを体現するには私の怒りの形である焼身自殺の一部始終をその尼僧の目に焼き付けるしか今は見つからないのである。

クレイジーに聞こえるが、至って冷静に1年以上温めている事で、何をやってもなんかこれしかこの時期になると思いつかなくて死に急ぐ私がいるのである。

今度はどんな動物でもいいから、せめて母親には「生まれてきてくれてありがとう」と感謝されて生まれたいものだ。


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市長選で「日本一幸せを市民が実感できる市を作りたい」と街宣していたのをテレ玉の選挙速報番組で知りました。

よその事例ですが、痛ましい「孤立死」がありました。

中日新聞:浜松・孤立死 市の見守り対象外:静岡(CHUNICHI Web)
http://www.chunichi.co.jp/article/shizuoka/20130626/CK2013062602000085.html

でもこれも報道されている氷山の一角なのです。

さいたま市もこの「見守り対象外」の市民の孤独死問題は早急な課題ではなかろうかと私は思います。

私の住むマンションでもの壁一枚向こうで、先月、孤独死された人がおります。
その人は発見が早かったのかわかりません。
しかしながら、私の家のベランダ伝いに警察が入ろうとするような事態でした。

さいたま市で見守り収集を行っていますがもっと、利用可能層を拡充したり、もっとできることたくさんあると感じます。
民生委員さんだけでは限界があります。
ケースワーカーさんも仕事山積です。

一人暮らしの人へのお弁当配達を全区のお年寄りや障碍者に広げるとか。
これを市内の各地区の給食センター的な場所や障碍者が作っている弁当センターなどと協力してゆけば雇用もできるのではないかな?と感じたり、いろいろとします。

例えば、私の住む桜区を例に出します。
桜区って精神障碍者が働く場も集う場もグループホームもない地区だったりします。
桜区障碍者支援センターの母体は知的障碍者の専門機関をメインにしている団体ですから、ここが繋ぐことが出来る場が精神障碍者に提供が如何しても難しくなります。

精神障碍者の支援の空白地区があるという現実もあります。
見沼にあるやどかりの里だけでは限界が生じているのです。

勿論、他障害の支援の空白地区もあるでしょう。

そして独居老人の支援の空白もあると思うのです。

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