子育て回想記 試験
赤点
高校へ行くと、落第点をとると進級できなくなるという、厳しい状況に置かれるんだけど、上の子はスムーズに卒業まで行ってくれたので、何の心配もなかった。
ただ下の子はクラブ推薦で入ったから、やっぱり学力がついていかなくて苦労したみたい。
1年の1学期はまずまずで通過したんだけど、2学期に入ると急に落ちてしまって、初めて赤点をつけられた。
学校からも呼び出しがあるし、親も大変である。
初めは、進学校なので、授業の進み方が早くて着いていけないのかと思ったんだけど、どうやら原因は違っていたみたい。
その頃、家庭ではちょっとした嵐が吹いていて、その事が大きく下の子の心をかき乱していたようである。
初めはその事に気がつかないから、学校を辞めたいって子供が言い出すまで、真剣に話し合う事もしなかった。
とりあえず、家庭教師をつけて、勉強の遅れを取り返そうとしたんだ。
幸い、上の子の友達で学校の先生目指している人がいて、家庭教師を引き受けてくれた。
でも、先生が来ても知らん振りでちっとも言う事を聞かない。
それでも、根気よく面倒をみようとしてくれて、時間になったら来てくれた。
帰りはかんくろうが家まで先生を送っていくんだけど、めげた先生を慰める始末。
たまりかねて、子供と話そうとするんだけど、クラブ活動で疲れて帰ってくるもんだから、すぐ寝ちゃうんだよね。
そこで、手紙を書いてみた。
こんなに心配してるのに、どういうことだって。
枕元に置いておくと、次の日返事が、こっちの枕元に置かれていた。
それを読んで、今度はこっちがビックリした。
「お母さん、僕のためにもうこれ以上、今の生活に我慢しなくてもいい」って書いてあった。
そう、夫婦の間で相当もめてた頃で、子供に気付かれないようにしてたんだけど、しっかり気付いていたみたい。
子供は自分のせいで、かんくろうが辛抱してるってわかってた。
もう、それを読んだ瞬間、涙が止らなかった。
親の揉め事で心配をかけていたのはこっちなんだもん。
学校を辞めて働いても良いから、我慢するなって言う言葉が、胸に突き刺さった。
いつまでも子供だと思っていたし、まさかこっちの事を考え、心を痛めていたなんて想像もしなかった。
正直言ってショックだった。
隠してると、余計心配するんだって思い直して、こっちの気持ちを正直に伝える事にした。
何度も手紙のやり取りをして、高校を卒業するまで、辛抱するから、その代わりちゃんと卒業して欲しいって、それがお母さんの幸せなんだよって伝えた。
最後の手紙には、卒業するまで頑張るから、その代わり家を出るときは連れて行ってねって書いてあった。
次の日から、子供は先生の言う事を素直に聞いて、中学校の教科書から勉強し直していた。
お互いをを思いやってるんだけど、ちょっとボタンを掛け違えていたんだね。
ちゃんとかけなおしたら、やっぱり親子、分かり合えるんだよ。
今でもその時の手紙は、大事に持ってる。
かんくろうの一番の宝物になった。
いつまでも子供のままって思っているのは、親だけのようです。
こんなに深く、親のことを思い傷ついていたなんて、思いもよらなかったです。
子供の変化は、案外親の側に原因があったりするものですね。
このときばかりは、親のエゴというか、ふがいなさを感じてしまいました。
いいえ、逆なのかもしれません。
もっと子供を家族として認め、親の思っていることを伝えなきゃいけなかったのかもしれません。
子育ての中で、一番反省した出来事でした。
でもね、心を開いたらやっぱり親子なんですね。
一緒に涙して、一緒に乗り越えることが出来ました。
その後の彼の努力は凄かったです。
クラブも勉強も3年間、一生懸命頑張ってくれました。
こどもって、ほんと未知の力をいっぱい持っているんですね。
それが発揮できるかどうかは、親の努力。
子育ては、親の試験かもしれませんね。(青字は現在のコメント)