3月6日は「弟の日」です。 漫画家であり、兄弟型・姉妹型の研究者としても知られる畑田国男氏によって、1992(平成4)年に制定 されました。 日付の由来は明らかにされていませんが、ほかに6月6日の「兄の日」、9月6日の「妹の日」、12月6日の「姉の日」と、関連の記念日が定められています。

以下HPより

柳田国男じゃなくて?畑田国男氏?博士課程を修了し、漫画家?

不思議な経歴の持ち主。単なるお金持ち?

「兄弟姉妹型」の研究家らしい。

こちらは興味がある。気質は兄弟姉妹、あると思う。

要因に、親の育て方が大きいのかもしれないけれど。

カンコロは二人姉妹の長女だったので、姉や兄が欲しかった。

お兄さんや、お姉さんのいる友達がうらやましかった。

妹は一人いる。弟は?実はほしくない。

年下の扱い方がわからない人だったのだ。

親戚が多い義弟や兄の子供がしょっちゅう家にいた相棒は子供や年下の扱いがうまい。が、そういう環境になったことがないカンコロは苦手。

人の集まりの中でも年上の多い所の方が落ち着く。

年下の多い所は落ち着かない。全員年下というクラスではマジ胃が痛かった。

年下と付き合いだしたのは、いつ頃からかな~

ここ10年くらいでお稽古事などで、年下と一緒になることがあった。

彼女たちも忙しいし、結婚した人もいるので、疎遠だ。

中国で知り合った年下の同業者と旅行に行ったけれど、彼女たちも帰国後は縁がない。

 

ひとつ、「それは犯罪だ」と、言われた思い出話。

二つ目の職場にいた時のこと、友達と、自動二輪の免許を取りに行った。

その時に、四輪の免許を撮りに来ていた高校生と知り合った。

 

自動二輪は当時、小型、中型、大型とあり、高速道路を走ろうと思ったら、中型の免許で126cc以上のバイクに乗らねばならなかったので、カンコロは中型を取りに行った。

入学前の試験の時、カンコロの足は中型車のシートから地面に届くか届かないかの状態だった。試験官が、小型からにした方がいいと言った。のに、中型がいいと返事した。

次はS字押し回し。センタースタンドに乗せる。

押せない。重いのだ。自動車教習所のバイクは500cc、そのバイクにブレーキやクラッチの場所がわかるパイロットランプがついている。壊れないように鉄のパイプで保護されている。等で、恐ろしく重い。そんなバイクをセンタースタンドに引き上げるなんて。。。。無理!!

S時に押し回しするなんて無理!!

しかし、一緒に行った彼女はできた。農家の長女。力はある。身長も体も一回り二回り大きいのはわかっているが、彼女にできてなぜカンコロにできない?!

S字の押し回しの最後の最後で、バイクが転がった。ガッシャーン!!起こせない。

これで午前中終了。。

試験管もよく待っていてくれたと思う。友達も見ていてくれたと思う。

授業終了のチャイムが鳴っている。その時、友達が走り寄ってきて、バイクを起こして、センタースタンドにかけてくれた。勿論、半分はカンコロの力も入っている。

彼女はニッと笑って、「試験官がちょっと休憩って。あの子に言って来いって」という。タイミングよく試験官が

「あ~、やっとできたか。はい。じゃ苦労すると思うけど、頑張ってね。」と言った。

無事入学した。(翌日からしばらく体中が痛かった)

一緒に入った友達は1月末には無事卒業。カンコロは教習手帳が三倍の厚みになってもまだ卒業できなかった。何故教習手帳がぶ厚くなったか。受講のハンコを押す場所が無くなり、ページを増やしてくれたから。

自動二輪の教習機関は三カ月。すでに3月だ。実にギリギリ。第三段階までに3か月だったので、ぎりぎりで最終試験に挑んだ。

世間では春休みの期間になり、高校生が免許を取るためにやってきて、人が急に増えた。

で、その最終試験日。高校生の制服姿の男子が声をかけてきた。

「おねえさん、小さいのに大きなバイクのるんだね。かっこいいね。」

「かっこよくないわよ。時間とお金がかかったわ~」

「じゃぁご褒美。この缶コーヒーをあげます。」

「いやいや、高校生にもらえないわ」

「かわりに、僕が今日、合格したらご褒美ください」

「なおさら、缶コーヒーいらない!!」

などと、いうきっかけから、おしゃべりした。←するんかい?!ですけど。

無事に二人とも合格となり、その頃にはハイタッチをするくらいになっていた。

彼は近所の公立では進学校の学生だった。卒業後の大学も決まっていた。

県外九州の大学になったので、付き合っていた?付き合おうと思った?彼女に別れを告げられたところだそうだ。

すごい!!高校生で付き合ってる彼女いるんだ!!と、心の声が漏れた。

「おねえさん、連絡先教えて。」

え~聞かれたの初めて!!←その年でありえない?

仕方ないので、職場を教えた。

で、帰りに缶コーヒーのお礼にファミレスでお茶とケーキを御馳走した。

流れ的には、二人の合格祝い。

「おねえさん、年いくつ?」

誰が正直に答えるか!!サバ詠みました。職場の年下の先輩の年を教えた。

だからか、どうか、職場にやって来た彼。幸いカンコロは早出で不在。

その話を職場の人たちにしたら、

「それは犯罪だ」と、言われてしまいました。

ので、職場の皆さんのご協力で、

「おねえさんは、先週、寿退社しました」ということになりました。

 

後にも先にも、本当に年下から、おねえさんと呼ばれたのはこの時だけかも。

年上からはたまにあったのですが。その時は、丁重に

「私に年上の弟はいません」とお答えしました。

 

可愛がっている年下はいません。

 

余談ですけど、自動二輪の取得のための出費はかなりのものでした。

原付でさえ乗ったことがないのに、いきなりでしたし、運動音痴でしたし、足短かったですし、でもね、教習所もかなりの修理費がかかったと思います。

毎回倒して、ガラガラという音をさせていました。

一度など、パイロットランプが三つ同時に割れました。どんなコケ方してるのやら。ですけど。身を守るため、こける時には飛び降りてました。

教官からは「足で踏ん張って、支えんかい!!」と、叱られましたけど。足折れたら嫌だ。

 

 

急発進、急制動はできるのですが、S字が苦手。体重移動ができない人でした。

一本橋。も難しかったな~、少しだけラインが高くなっているから、足が全く届かない。ので、コケること多しでした。

 

体重移動とリズム感は、どのスポーツにも共通するのか、スポーツは苦手です。

 

かわいがってる年下はいる?

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