連日《大明风华》邦題「大明皇妃」をすごーーーーい!!と言っているカンコロ。

他にないのかい?なのですが、ですが、やっぱりいいと思います。

今日も泣かされました~

中原の覇者エセンにとらわれ、死ぬこともできない皇帝朱祁镇。

孙若微自ら戦場に出て士気を挙げた結果、エセンの軍を押し返し始める。

援軍も近づく中、エセンが取った戦法は皇帝朱祁镇を明軍の前でいたぶり辱めること。

その様子に耐えられず臥せる孙若微。戦士たちは戦意を失う。

ここで明朝重臣、民の味方、正義の士于谦登場。というか、初めて明朝重臣を証明したような気がする。

今までは、姑息な、小手先の知恵ばかりで大した男に見えなかったのに、今日は52話はやたらかっこいい。

徐滨は言う。我々も目の前で両親を殺されたのだ。その経験が今の自分たちを作っていると。すっかり忘れていたが、争いの犠牲者だったその孙若微が今、自分の子供のことしか頭になく、多くの犠牲者を出している。徐滨が、見守る中、皇后が復活する。

もう一度何のための戦いなのかを考え直させる。

先祖に申し訳がないだの、子孫にどのように語り継がれるかだの、王位に長くいればいるほど、そういうメンツが大切になるんだなぁと、思いながら見てました。メンツの国中国。だから?国の記録に自分がどう描かれるかと言うことを初代や、先先帝が言うのだけれど、孙若微もそのことにふれていた。偉い人は大変ですな。

人は生きた証を何に残すのだろうか。子孫を残すのか。研究に残すのか、業績に残すのか。何も残せない人もいるはず。カンコロはそうだ。

感覚的に、なのだけど、子どものいない友人が多い。小中の4人組では全員結婚しているが、子どもがいるのは一人のみ。他3人は子供がない。高校の四人組も子供がいるのはやはり一人だけ。他の3人はいない。いない人の方が多い。大丈夫か日本?!です。

勿論、クラス全体の統計を出せばそれほど多くないのかもしれないけれど、偶然仲良し4人組では、そうだ(類は類を呼ぶのか)。少子化が進むのもわかる。意図的でないにしても子供がいない家も多いのだ。はっ!いかんいかんいつものように脱線しそうだ。

 

「如意芳霏」今日の、王佑硕。でいいのか?いや、いいのだ。

王佑硕演じる呉白起は昇進をかけて、徐晋の主宰する試合に参加し、見事一位を獲得する。金翊衛の昭武校尉(しょうぶこうい)を獲得する。しかし、この試合に参加する人たちが全員王佑硕より小柄なのが気に入らない。勇猛な参加者を蹴散らして一位になるから値打ちなのに、小柄でころころした弱っちい参加者ばかりだと、一位をとっても値打ちが下がるわ。ともかく、傅宣が自分を好意的に評価していることを盗み聞きしてしまったので、頑張る呉白起。制作陣もっと頑張れ!!

 

中国ドラマを見ていると、背も高く、見栄えも良い。天は二物を与えず。など嘘だ。

持っている人は何だって持っている。と、かなり前から思っている。

だからと言って自分が不幸だとは思っていない。背も高くないし、見栄えも良くないぼんやりした子供でも大人になれたし、ぼーっとしている割に、衣食住に困ったことはない。勿論、贅沢ではないけれど、困らない程度に生活できていることに満足している。自分が優秀だからではない。両親が頑張ったおかげで祖父母の永代供養もできる。両親の時代は大変だったろうと思う。子育て、子どもの進学、家の取得、両親の墓の世話までして、自分たちはそれほど贅沢もせず、長く生きてくれた。おかげで、叔父から急にお墓のことを頼まれても費用に困ることはない。親には孝行を、子どもにはいつくしみを与えてくれた両親だった。

と、何の話になったのやら。いやいや、親の子を思う気持ちは偉大で、素晴らしいということ。それなのに、不肖の娘は?何も残せない。と、ちょっと凹んだだけです。