木浦から済州島までの航路は4時間。私たちが乗船するフェリー・クイーンメリー号は、乗客定員1,650名、車両300台、トン数17,000トン。すでに車両は積み込まれていて、修学旅行なのか中学生の集団が続々と雲集してきた。私たちの予約部屋は2等イス席だ。
50席あまりの2等室は他に客がいなかったのでまるで貸切のよう。すぐに出航のどらの音がデッキから聴こえた。演出効果満点で、いやがおうにも旅情をそそられて全員がデッキに出た。
天気は快晴、大小の島々をぬうように航海していった。
船員の話では、きょうの乗船客は主に中学生の修学旅行で1,500余名。船内もデッキも学生たちの喧騒で活気づいていた。
客船を追うかのように海鳥が並列に舞っている。そよ風にほつれる髪に何度も手をあてながら、受講生は喚声をもらしながら風景に見入っていた。中には中学生に、気軽に話しかけた人がいる。一度声をかけると、周辺で写真を撮ったりふざけあっていた男女中学生が、面白がってどっと集まりだした。
「先生、助けてー。誰か来てー」
中学生に囲まれた受講生の一人が悲鳴を上げて応援を求めた。私は知らんふりで、周りにいた何人かをけしかけた。
「あなた方も行ってしゃべってみなさいよ。いいチャンスだよ」
「よし!」と気合まで入れて全員が飛んでいく。やがて日本人を囲んだ輪がいくつもできた。
前日朝まで飲んでいた男性が数人、デラックスの部屋を別にとって一眠りした。その部屋に受講生の何人かが集まり、通りすがりの中学生を呼び込んで会話を楽しんでいる。中学生側も、生まれて初めて妙な片言の韓国語で話しかける日本人に興味を示し、キャッキャ声をあげながら双方で「交流」を大いに深めたようだ。
「全部通じたみたい。私って天才かしら?」
「まさか。手ぶり身ぶり、雰囲気でわかったのよ」
「先生との会話は、間違えないように構えるからなかなかうまく話せないけど、中学生なら何の気兼ねもなしにしゃべれたわ。だからうれしくてうれしくて」
異口同音に、日頃の悪戦苦闘の成果を語り自信をつけたようだ。
済州島に着くと、貸し切りバスが待機していた。
20代半ばと思われるバスガイドが、さっそくきょう明日の予定と見学先の解説をはじめた。流ちょうな日本語なので、受講生たちからため息がもれた。
「この島を別名"三多島"とか"三無島”ともいいます。何のことだかご存知ですか?」
「風、石、女が多いので三多島!」
「泥棒、乞食、門に鍵をかけないので三無島!」
あちこちからいっせいに、元気な声。ガイドは大げさにびっくりした表情をつくって微笑んだ。旅行前に教室で学習していたので、これくらいのことなら答えられる。
"三多島""三無島"の由来をガイドは、この島の人々がいかに人情深く、気候や環境もよくて暮らしよいかを、ユーモアをまじえながら誇らしげに語った。
「それではもう一問。この島の黒豚は美味しいことで韓国でも有名ですが、飼料は何だと思います?」
しーんとして誰も答えない。ガイドは勝ち誇ったように、大声を張り上げた。
「ウンコです!」
「・・・・・・?」
「ウンコです!」
ガイドは2度くりかえした。
「ええっー」
まさかと思ったが、話の意味を知ると、受講生たちから悲鳴と爆笑が同時に起こった。
「ただし昔のことです。今は違いますよ、念のため。きょうの夕食に黒豚の焼肉が出ますけど、安心して召し上がってくださいね!」
信じられないことかも知れないが、これは本当の話だ。
中学生の頃、朝鮮戦争のとき密航で日本に避難してきた済州島出身の級友から私も聞いている。ウンコの飼料を黒豚がどう食べるか、食べさせるかを実演入りで・・・。
私はガイドからマイクを借りていった。
「あなたの流ちょうな日本語にはすっかり感心しました。だけど、ウンコはいただけませんね。品のある表現じゃありません」
「では、なんと・・・」
ガイドは真顔になった。
「これからは、ウンチといいなさい!」 (次回につづく)
