樹齢5~6百年の椎の木です


身近で見るととても感動した樹です。

よく生きているなあ!!!!!。

邸内にあって昔を語っていました。


中国地方の県で大木が倒れて人災があったニュースを聞きました。

先日の燧灘で起きた地震で拍車がかかったのでしょうか?。

根が不安定ではあったらしいですけど大木はあぶないですね。


::吉川英治氏は昭和19年に租界の為と子女の教育の為に青梅に越されたようです。

生涯の間、よく引っ越しをされた方のようで、平均すると2年に一度の引っ越しであったとか。学芸員の話でした。

吉野の後、品川区に越されたようですが、村民の為に住所を吉野に置いたままでいたところ、品川区役所から高額納税者の住所変更を求めにやって来られたともききました。

結論を聞きそびれています。


吉野と言う所はとても貧しい村だったそうですが、吉川氏が転入されてから村の税金が8割がた吉川氏に頼る有様だったそうです。

租界者を意識しないで、地域の人たちと馴染み、俳句の会の集まりを持ったり等、みんなと仲良く暮らしていらしたことが良く解りました。



住まいだった一部です


養蚕業を続けていた野村さんから譲ってもらったという家を改造して、広く明るく住み良さそうな家の中でした。

古い建物らしく大黒柱が大きかった。

学芸員の方に「檜でしょうか?」と訊きましたら、「そこまでは分かりません」だって。

青年団長さんだったのかしらねえ。


::昨日の朝のラジオニュースで聞きましたが、青梅の梅の木が次々と弱ってきて(梅の木に伝染する病気のようです)

吉野梅郷の梅まつりも、今年を最後にして木を切ってしまうそうです。

後で気がついたことでした。

そういえば梅の蕾が固すぎていたのでした。



こんな風景の中に丁寧に保存管理されていました。

ずっと前に行ったときはツツジ、サツキの季節でした。

まだまだ若いころの車での家族旅でしたから、どこをどう走ったのやら。

とにかく吉川英治記念館も随分広くなって綺麗に展示されていました。


::河合玉堂美術館にも行ったのですが、その時とは別の機会だったのでしょうね。


昨日午後から書き始めていましたが、どうにもこうにも続けられなくて中断していたものに書き足しました。

::今回の風邪はとてもしつこくて、目までも見えにくくなっています。

誤字にも気がついていないかも。