夢うつつのたわごと-昨日の

世田谷文学館のカフエ どんぐり の中庭


30日1時半頃の台風の雨の中、ガラス越しに撮りました。

以前はテラスになっていた場所でした。

昨日行ってみますと、ガラスを円形に張ってあり中庭になっていました。

思い出せば5年ほど前、ここにあったテラスから水上温泉を闊歩していた友人に電話で声を聞いたのが最後になったところでもありました。

その時の水上さんの声は元気そうでした

ヒョッコリの電話を喜んだ友人の声が最後になってしまった所です。

トーストとコーヒーで友を偲びながら「あの人はガチャガチャして、くるくるしていて落ち着きのない人だったけど、次々と常にボーイフレンドがいたわねえ。何故もてたのかしら?」と不思議がってアンナコト コンナコト盛り沢山の話が出ました。


*昨日のブログに書けなかった鴎外の作品は「かのように」でした。私が思うテーマは、

大日本帝国の成り立ちが歴史上事実でない事を発言し得ない人達の中から、正しい歴史を考えようとする幸徳秋水他の

処刑された人々の冤罪。について考えられた事だと思います。

1910年に起きた「大逆事件」を口実にして、陸軍軍医総監の地位にあった鴎外が小説を通して抗議した内容の本でした


おかげで私なりに、この事件を詳しく知ることが出来ました。

いつの世もギリギリ追いつめられると、自分の命も省みず活動する者が出てきているのですね。

冤罪をかけられたまま41才で処刑された幸徳秋水、他の処刑された思想家の痛ましさ。惜しい方々の命です。

明治44年2月には徳富蘆花が一高で謀反論を講演している。

森鴎外や永井荷風は事件を作品で風刺している。

堺利彦(1870~1933)→荒畑寒村(1887~1981)→→→→へと事実を明かすべきだと考えた信念の人の名前が目に付きました。