今の我が家の狭い庭を見ていて、ふと口ずさんだいた「故郷の廃家」。
幾年ふるさと来てみれば
咲く花鳴く鳥そよぐ風
かどべの小川のささやきも
なれにし昔に変わらねど
荒れたる我が家に
住む人絶えてなく
昔を語るかそよぐ風
昔を映すか澄める水
朝夕かたみに手をとりて
遊びし友びと今いずこ
さびしきふるさとや
さびしき我が家や
ネットで見ますと、「この歌はアメリカのヘイスの作曲に犬童球渓(いんどう きゅうけい)が歌詞をつけ、明治40年(1907年)に中等教育唱歌に選定された。
硫黄島の空襲の中、夕方米軍が引き上げると地下壕から出てきた少年兵たちは夕陽を見ながらこの歌を合唱し、遠い故郷を思い出してはお互いに励ましあった。
10代半ばの彼らの殆どの少年兵は故郷に帰れなかった。
昭和40年代に学校では歌われなくなった」。
昨日お見舞いに行った杉並の家には、ポトスを5本大きく育てて部屋に置いてありました。
今我が家の荒れた庭には、夏の間に急いで咲こうとしているような朝顔が無秩序に咲きつづけているだけです。
今朝咲いた哀れっぽいけど頑張っている朝顔です。
何故このような咲き方しか出来ない理由がわからない
