27日の歌舞伎座には行かれないと決めていましたが。
誘って下さった友に一度お断りの電話をした時に、友の「ギリギリまで待ってるから。私は貴女と行きたいんだからね」の言葉がありがたくて有り難くて涙まで出てしまった約束の続行でした。
運良く温かい冬の日。予定を未定に終わらせず待望の「俊寛」他を見てまいりました。
☆「祝初春式三番叟」の時、座席右隣りの女性二人のオシャベリが続く。耳に手を当 てていましたらいつの間にか眠っていました。
私には退屈だったのでしょう。わずかな時間でしたが友に突かれるまでスヤスヤの居心地は体が休まった感じでした。
長唄囃子連中の鼓の音の響きは見ても聞いても心地良かった。三味線は一棹でもかなり大きく響くものだと知りました。
☆いよいよ「俊寛」です。近松門左衛門作・平家女護島・の「俊寛」でした。俊寛僧都は松本幸四郎・海女千鳥は芝 雀・成経に染五郎・・・・。
幸四郎の俊寛の演技には引き込まれるものがありました。
友の目には涙がキラリ。私も感動し、余韻が続きました。
☆「十六夜清心」 川竹黙阿弥作・花街模様薊色縫。
私にはちょっと退屈でしたが笑えるところがありました。
☆「鷺娘」の坂東玉三郎の鷺の精には目が放せませんでした。
鷺の精が人間の姿に変えて自らの恋を語りながら踊る。
道ならぬ恋をしたために地獄の責めを受ける。降りしきる雪の中で踊りの果てに息絶える。長唄囃子がなかったとしても充分に伝わってくるものがありました。
見事としか言いようがありませんでした。
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一月公演は27日が最後の日でした。どうもこの一年間は公演を続け来年から再建設に入るようです。ようですとは、先々の公演のお知らせチラシがありましたから。
「歌舞伎座が開場したのは明治時代。改築を経て大正10年に漏電による焼失。その後、岡田信一郎(東京芸大教授)の設計により大正14年に再開場。第二次世界大戦の空襲で再び焼失。岡田の原型を基に東京芸大教授だった吉田五十六が再建設計をして、昭和26年1月に現在の歌舞伎座が復興された」。。。。。。。
吉田五十六氏の設計による建物が自転車距離にあります。