北京オリンピックも鳥の巣競技場の中においてはあくまでも華やかに見えます。

テレビも新聞もオリンピック一色です。それと高校野球。

始めからの食傷気味の私はかなりの「へそ曲がり」なのでしょう。或いは高齢になった証しかもとも思います。

今、テレビから遠ざかっていますが、この賑やかさの裏ではキナ臭い事々が連日新聞で報道されてもいます。

アメリカも戦争がお好きのようだし、「グルジア」のことでも米露の対立がどのように展開されていくのでしょうか?。どのように治まって行くのでしょうか。


敗戦記念日も明日になりました。つい最近の新聞で「東条氏の戦争終結会議」などの日記が見いだされ紹介されていました。

もう一度読み直してみたくて探しましたが、今のところその記事が載っている新聞を探しきれないで居ますが、東条氏は終戦だか敗戦だかをすることを快しとしていなかったような記事でした。昭和20年8月13日の日記だったと覚えていますけど。

あな、おそろしや軍事政権であった内閣総理大臣様!。


数年前になりましたが機会があって日露戦争の前にロシアの実情を諜報に行った方の文庫本を読みました。

何故あのように大きな国と戦う理由があったのかは分かりませんが、国力の差ではとても叶わなかったのに勝戦した。それからは軍事力が強くなっていくばかりで、ついには第二次大戦でアメリカと戦いはじめた。

16年12月8日の真珠湾攻撃勃発は時差のずれか何かで、開戦報告もないまま日本から始めたことだというドラマも数年前にテレビで見ました。


▲▲ 「時」が間に合わなかった▲▲

「行け行け軍艦日本の~~~~~~」という勇ましい歌が聞こえてきています。


お国の為にと、多くの若者が戦死し、多くの未亡人をつくり、父なき子供や、大都会ではひとりぼっちになっても生きのびられた子供が大勢いて、必死で生きた過去もあります。

終戦間近になりますと四国の今治にも焼夷弾を落とされ、その頃に住んでいた所からその辺りが真っ赤に明るくなっているのを見ました。

次の焼夷弾を落とす目的は新居浜の住友関係の工場にあったと聞いたように覚えていますが、その前に広島の原爆投機があったように思い出しています。


戦争で大勢の人を殺しても罪にならないのは何故かしら