『古事記』中巻その27~伊吹山の神~ | 雲をつかんだ日

『古事記』中巻その27~伊吹山の神~

甲斐を抜けて、途中、神々を従わせつつ信濃、美濃、木曽川へと進んだヤマトタケルは、尾張で待つミヤズヒメと再会しました。

諸国平定の旅に疲れ果てていたヤマトタケルは、ミヤズヒメと会って久々に安らぎを覚えました。

その夜は親戚総出での大宴会が開かれました。
この頃になると、ヤマトタケルはどこに行っても、"天皇そのもの"というような待遇を受けていました。
ミヤズヒメを前にして、それまで押し殺していた気持ちが顔を覗かせました。
「私は天皇ではない…」。
その言葉にミヤズヒメが素早く答えました。
「でも、次の天皇はアナタ様に決まっている。皆がそう申しております」。
すると、ヤマトタケルは「そう…。少し疲れたな。今夜はもう休むとするか」と言って、寝所へと姿を消していきました。

次の日。
ヤマトタケルは伊吹山(岐阜県)の神が荒れているという報告を受けて、再び平定の旅に出ることとなりました。
ようやく再会が叶い、穏やかな日々を送れると思っていたヤマトタケルとミヤズヒメでしたが、これが二人の運命。
嘆き悲しむミヤズヒメに、ヤマトタケルは剣を渡しました。

その剣はなんと、天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)でした。


「なんと畏れ多いこと」と、ミヤズヒメはそれを拒みますが、「ソナタの身に万が一のことが起きたとき、必ずやこの剣が守ってくれよう。その方が私としても安心だ」と言って、ヤマトタケルは伊吹山へと向かってしまいました。

剣を置いて旅に出たヤマトタケルの真意は分かりませんが、「俺は無敵だ。どんな相手であろうと素手で十分だ」と考えたのか、「伊吹山の神なんて聞いたことない。どうせ大した相手ではあるまい」と侮ったのか、或いは本当に自分のことより、ミヤズヒメの身を案じたのか。
もしかしたら、"死ぬ覚悟"があったのかも知れません。
戦いを終えて、一時の安らぎを感じても、すぐに次の戦いに身を投じなければならない。
それはすべて父・景行天皇の命令によるもの。
そして、その父はいかなる任務を成功させても、褒めてはくれない。
それどころか、次々と難題を押し付け、まるで自分の死を願っているようでさえある。
「もうこんな生活うんざりだ」
そう思っても不思議はありません。

ヤマトタケルが伊吹山にたどり着くと、白く大きな猪が現れました。
「伊吹山の神の使いだろうと」と、ヤマトタケルは相手にしませんでした。
素通りしたヤマトタケルの方を振り向いた白猪は、天に向かって奇声を発しました。
すると、空に稲妻が走り、雷が落ちました。
やがて、大粒の雹が降ってきました。
激しく体に打ちつける雹に、激しい痛みを覚えたヤマトタケルでしたが、やがてその感覚もマヒしてきて、ついには意識も遠退いていきました。

「このまま死んでしまうのか」。
観念したヤマトタケルの目線の先に、かすかに光が見えていました。
ヤマトタケルは力を振り絞り、光の差す方向へと歩を進めました。
そして、その光を抜けると、ついに山から脱出することができました。
山の外は先ほどまでの雹が嘘のような快晴でした。
その場に倒れ込むと、ヤマトタケルはそのまま意識を失ってしまいました。