数年前のことだ。
うちの家族にはただならぬ緊張が走っていた。
避けては通れない一大イベントが迫ってきていたのである。
そう、それはすなわち ” 両家顔合わせ食事会 " だ。
姉と義兄は長い交際期間を経て、ついに結婚することとなった。
姉は幸運なことに素敵な男性と出会い、聞くところによると彼方のご家族もとても良い方達のようだ。
ちなみにうちの姉(のん)は派手な見た目だが、やたらと小難しいことを考え、常に何かと闘う戦闘民族だ。
そんな一風変わった姉を快く受け入れてくださっているご両親の懐の大きさは重々承知だが、
今回はすこし訳が違う。
相手方に失礼のないように、お酒は控えるように、と父に何度も釘を刺し、いざ、雰囲気のあるレストランの個室席へ向かった。
陽気でコミュ力の高い母と気さくでトーク上手な彼方のご両親との会話がはずみ、順調に会が進んでいるかと思われたその時、
それまで静かに食事をしていた父が、突然口を開いた。
父「 のん、一生のお願いだ。酒を飲んでもいいか? 」
ん?一生のお願い??久々に聞くワードだな。
私の中では一生のお願いとは
"一生”の重みをまだ理解していないちびっこが多用する言葉...
もしくは甘ったれたカップル同士、どんな我儘でもまかり通ってしまうかわいめ女子のみぞ使用が許可されているワード...という認識なのだが。
50を過ぎたおじさんの一生のお願いとは、これまた珍しいものを見させてもらったなぁ〜。
いやいや、そうじゃなくて、
父さんがこの歳まで一生に一度のお願い未使用勢だったのか、はたまた一生のお願い乱用勢なのかはわかりかねるが、この厳かな場面で切っていいカードじゃないことは確かだ。
しかし、姉はここで断ると、父親に厳しすぎるひどい娘、という印象を与えかねない。
一杯だけね、という許可をもらった父は嬉しそうにお酒を流し込んだ。
お酒が入ると、借りてきた猫のようだった父は、気の大きい化け狸に変身する。
酔った父は、自慢にならない自慢話を繰り広げ、母がそれをうまく誤魔化す。
時よ、早く過ぎてくれと願っていたそんな時、父はこう言った。
父「 のん!一生のお願いだ。もう一杯飲んでもいいか? 」
ちょいちょいちょーい!
あれ?あれれ?一生のお願い、ほんの数分前に使ってなかった?
ここに目撃者が6人もいるんだ。
言い逃れはできないぞ。
しかし当人はとても真剣な眼差しで、姉に懇願している。
ことを荒立てたくない姉から、2杯目の許可をいただいた父は満足げな表情でお酒を流し込むのであった。
お茶目という言葉では片付けられない父の奇行の数々を、彼方のご両親も笑ってくれていたのがせめてもの救いだ。
無事、円満?に両家顔合わせを済ませたのだが、私は自分の番を想像してぞっとしたのは間違いない。これからしっかり対策を練ろう、と心に誓ったのであった。
もっぱらそんな日は来なかったのだが、この珍エピソードを笑って聞いてくれる相手と出会うことができたらいいものだ。
そんな成功例を目の当たりにした私は、
ときたま家族や友人に ”一生のお願い" を使ってみる。
無論、全く通用しないのが常である。
まったく、世の中は厳しいもんだぜ。
今日は背筋でも鍛えに行くとするか。
ではでは〜。