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ブログ連載一周年を記念し、ストーリーのまとめの為Wikiを制作しました。

 

こちらをご覧になれば、あらすじ等の理解に役立ちます。

 

但し、まだ制作中の部分も多々あります。

 

こちらは ↓ Wikiへのリンクです。

 

 

 

 

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「おお、信徒の交わりをこれからもよろしくお願いします。ところでですが……」

「はい、何でしょうか?」

「ここにいる我ら同士、月の生贄の神事に伴いまして、聖歌隊に志願させていただき、カストラートになるのですが、貴方もいかがですか?」

 

 

 

 

 

 すがすがしい顔で、えぇーーっと、トルパキティ・ワナカだったっけがそういった。

 さあ、一緒に参りましょう、とでも言わんばかりに手を差し伸べてきた。

「えい、残念ながら私は歌が上手くないうえに音感もなく、その上喘息で喉が弱いので、非常に残念ながら、辞退せざるを得なかったのです」

 うつむき加減に悲しそうな顔を作ったつもりだ、残念がってるように思ってくれるだろう。

「おお、そうなのですね、何と残念な事なのでしょう」

 全然残念じゃない、これ以上奨めないでくれ、その話題から離れたい。

「私はヘロイン精製工場の方で頑張りますので、労働奉仕に励みながらも皆さんのご活躍をお祈りしておきます」

「そうお祈りしてくださいね。私たちのうち何人がカストラートになることが出来るのか、神のみしかご存じありませんので」

「は?」

「我ら志願者のうちおそらく半数以上は、神の御許に召されることとなるでしょう。すぐに神の御許に行くか、教祖様と教団にご奉仕してから行くかの違いですが」

 そ、そうだった……。

 カストラートは故郷の地球ではおそらく一六世紀ごろ始められ、二十世紀ごく初頭に禁止されたはずだ。

 しかし、その初期の手術は、ろくに医学知識もない時代のもので、かなり高い確率で死に至っていたという。

 よく考えればこのあたりの医療技術なんて、ろくなもんじゃない。

 傷口につけるのはヨモギの葉っぱかムカデ油、水虫にはナマコ、病気になれば効くか効かないか判らない薬草。

 そんな医療水準でカストラートなどの手術したら、半分、下手すればそれ以上は死ぬぞ。

 それを知りながこの連中、すがすがしい顔でいるじゃないか。

 止めても絶対無駄だ、考えるのなんかやめて、任務に励んだ方が絶対にいいと、頭ではわかってるんだが、ひとたび話をした人がそんな運命に飛び込んでいくって事を知ると、どうしていいのか解らなくなってしまう。

「みなさん、ところで、歌の方はお上手なんですか?」

「いえ、全くです。しかし教祖様のお与えくださった声拍子鍛錬の巻物を、有難いことにわざわざ一人につき一巻、下丁くださるのです、上手くなって当然ですよ」

 また例によってすがすがしく笑いながらそう言ってはいるが、早い話ボイストレーニング教本みたいなのを渡されて、どの程度かわからないレベルの教団のトレーナーが少し教えてくれるんだろう。

 あーー、連中、並んで合唱始めたぞ、多分聖歌だろうな。

 わ、ゎ、ゎ、滅茶苦茶下手だ……。

 可愛そうになるくらい下手な歌を、恍惚気味に歌ってるが、おそらく生まれてから一度も自分の歌を聴いたことは無いんだろう。

 この辺の技術水準では仕方ないが、それにしても下手すぎる、プロのボイストレーナーにつきっきりで教えてもらっても上達は見込めないレベルだ。

 人に聞かせられるレベルじゃない。

 原則に戻っていうと、カストラートは相当レベルの高いボーイソプラノの、歌唱力の高いものから選ばれ、命の危険にかかわる手術ののち、声変わり前の声域と大人の肺活量を持った歌い手が誕生する。

 こいつら全然うまくないのに命の危険を犯そうなんて、教団の洗脳能力はどれほどのものなんだ?

 色々悩むものもあるが、言っても無駄だと最終的に結論付けられ、このまま放っておくことにした。

 かなり切ない気持ちで、一応歌を褒めておいた。

「では、私は月の生贄の儀式を見学に行きたいんですが……。ええっと、道に迷ってしまって、どっちでしたっけ?」

「ああ、その廊下を右に曲がって、階段を下りて左に行くと、運動場が有りますので、そこでみんなで空を見るそうですよ」

「あ、そっちだったんですね、有難うございました」

 ほんとはどこで集まるのかなんか全然知らなかったが、全く疑われてなんかいないらしくて、すぐにおしえてくれた。

 言われた方に向かい、とりあえず運動場への行き方を覚えて、まだ少し時間があるから別の所を、と思ったが甘かった。

 施設中から、どこにこれだけいたんだというほどの信者たちが続々と集まってくる。

 そうか、教祖の就く祭壇があって、皆そこに出来る限り近い場所で見たいと、早くから順番取りをしているのだ。

 祭壇の真ん前とかは上級幹部クラスの席らしいが、その後ろ、一般席の最前列、筵を持ってる奴って、もしかして徹夜組か?

 そして、やはりこのあたりの連中の事だけあって、順番に整列したりするという事はせず、思い思いの場所を選んで座り込んでいる。

 別に教祖の間近でないといけないわけではないし、前の方は完全洗脳組に決まってるから、少し後ろの方の席を確保しておこう。

 まあ、まだ三時間くらいあるし……。

 と思ってたはずなのに、教団幹部とみられる、見るからに新興宗教の幹部といった派手な衣冠束帯姿の連中が出てきた。

 教団運動場はかなり広く、無理すれば五千人は詰め込めるだろう。

 暗がりの中、篝火が灯され、松明にも火を付けられる。

 運動場に集まった信者は、おそらく四千人を下ってはいない。

 時々がやがやとした声が、あちこちから響くが、ある時、それらが一斉に消え、皆同じ方に向たとき、会場の雰囲気が一気に変わった。

 白い衣冠束帯に白頭巾、首から下げた太い鎖にロザリオ。

 屋外なのに白い足袋を履いた歩を一歩一歩進めるその男。

 教祖だ!

 

 

 

 

 

 


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