ブログ連載一周年を記念し、ストーリーのまとめの為Wikiを制作しました。
こちらをご覧になれば、あらすじ等の理解に役立ちます。
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「申し遅れましたが某は橘右近と申すものにござりまする」
そういうと若侍橘右近は、また顔をしかめ、しかし苦しみを押し隠す気丈な態度を取り始める。
「またれい、御身はまだ十分に傷の癒えぬ身よりて」
「相すみませぬ、主君は未だこのような見故、この東垣が代わりまして」
「そうしていただけると有難い」
東垣弥五郎と名乗ったその侍、四十少し超えたくらいだが衰えなどかけらも見せず、上背のある体にまとった草色の着物風衣装は乱れることなく、月代もきちんと処理されている。立ち居振る舞いから見て相当の猛者だ。
ただ、ゾンビ河童に向かって走ってきたとき、東垣弥五郎よろ相当早く走ってきた橘右近も相当の身体能力を持っているはずだ。
「まずは先刻の異形のものに取り急ぎ向かわれたそなたがたの勇の程、完夫ぷくいたしました」
「弱き民を助けるのは武士の習い」
東垣は当然とそう言い放った。
「なんと、武士の鑑のようなお言葉」
「痛み入りまする。しかしながら我が橘家のものども、わけ有って今は表立って日の下を出歩けぬ身にございます」
「そなた方における武家の身が、番屋に捕らわれる事から、何か事情がおありと見受けられましたが、あえてお聞き申しませんでした」
「なんと、お判りになられておりましたか。当橘家、常ならば番所の役人ごとき……いやこれは」
「おいおいお話になってくだされば結構」
「いえ、あの番屋の取り方役人どもは我らを橘家の者とは知らぬようにござった。ただ、かの異形のものをどの程度知っているのかとしつこく聞いてくる有様」
「そうでありましたか。ところで、先刻は他にも共の者がおられたようにお見受けいたしましたが、その者たちはお二方がお逃がしになられたのですね」
「はい。我らならば取り方などとたかをくくっておりましたが、若様のご容体が思いのほかで……」
「でしょうな」
「我らに取って幸いなことに、番所の中でも、手練れの者は異業のものとの争いでことごとく打倒され、まともに動けぬ有様にて、隙を見て逃げ出すことができました」
確かに、取り方はゾンビ河童に、手もなくやられてたし、偉いさんはさっさと逃げ出すし。結局ろくなもの残ってなかったんだろう。
「今は取り方役人に追われているかもしれませんが、事と次第によりましては助太刀いたしまする」
「かたじけない。しかし、かくまっていただきました上に、薬草まで……そのような上に、かような面倒事を頼める筋合いには……」
まあ普通はそんなにおんぶにだっこと、世話になるような真似を、それも侍が、出来るわけないだろう。
「かような心遣いはご無用に頂きたい。民を助けるのは武士の習いと先ほど申されたが、困っている者を助けるのもまた世の習い」
「御見それいたしましてござりまする。さすが、さすがはなにしおう大酋長……」
東垣弥五郎は、いかつい顔の目を見開いたかと思うとすぐに閉じ、改めて深々と頭を垂れた。
「いやいや、なにとぞ頭をお上げください。さらに、でございますが、事と次第によっては某の求める敵とそちら方の求める者と、なにやら似通った気がしてならぬのです」
元々の丈夫で健康なうえ、薬が効いてきているのか、橘右近の顔色はかなり良くなってきている。
「弥五郎、私には大酋長殿が全く悪い人には見えぬ。さらに、事情を説明いたせばこちらの助けになってくださる、天の助けのような方に思えて仕方ないのだ」
橘右近が東垣弥五郎に言った。
弥五郎とて、若君橘右近の身の回りの世話と身辺警護を預かった身、その申し出に不振があれば、かなわぬまでも具申するであろうが、今回は異存はないらしく、ただただ、まっすぐにうなづいて返す。
「まず、こちらからお話させていただくのが筋かもしれませぬ。当方の事情といたしましては、川上の集落にござりまする薬草を、こちらの街に卸しておるのですが、それらを調合し、何やらご禁制のいかがわしき薬物を作ろうとしている輩がおるらしく、それだけにすまず、我らにも何やら同じ穴の貉のごとく目を付けられ、類が及ぶほんの一歩手前に来ております……かいつまんで申すとこうなりまする」
東垣弥五郎と橘右近はひと時目を合わせ、小さくうなづいた。
「まさに、まさにその話、真我らが求めし答えに近づかんと見受けられます」
あ?え?ほんとなの?
「我が主君、橘右門丞様は、それは高潔な、真、武士の鑑と称されるお方でござりました」
なんか話が長くなりそうな雰囲気……。
それはいいけど、求めている『ほおの木』の話なのか、それとも芥子の話なのか?金銭的に重要かつ多額なのは芥子の方だが、そっちだとあまり有益な情報ではない。
「いかような話ですか。薬草についてはいささか知識をもっておりまする」
やばいなーー芥子の実の莫大な利益がらみで始まった争いに係わる暇はないから、違う話でありますように……。
「何たる薬草に係わる噺家は甚だお恥ずかしながら、まだつかめておりませぬ。ただ、大量にあるものではない、不可欠な薬草と聞き及んでおりまする。我が主君右門丞様は、その薬草の取引にかかる莫大な、不穏な裏金の動きを掴み、不振に思い、自らの手の物たる忍び衆に命じ、色々と詮索を行っていた所存にござります」
なんだって?
「やはり当方が用立てしその薬草、元値とは及びもつかぬ高値で取引されておりましたか」
「しかしながら、何かを掴んだとの噂を残し、手練れの忍びが悉く討たれしにて、主君は腹心を再び向かわせたのでございます」
「まさか、それも全員……。」
「忍びの者がむごたらしい惨殺死体となっていたにもかかわらず、その後送り込んだ者たちは、ある時から音信を断ち、行方がいずこかもわからぬ有様」
「無事を祈りたい次第に」
その時、橘右近が悔し気に、しかし何かを祈るような眼で話し始めた。