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ブログ連載一周年を記念し、ストーリーのまとめの為Wikiを制作しました。

 

こちらをご覧になれば、あらすじ等の理解に役立ちます。

 

但し、まだ制作中の部分も多々あります。

 

こちらは ↓ Wikiへのリンクです。

 

 

 

 

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第173話

 

 

「大酋長、もしよろしければ、なのですが……取引先様のほうが、安定供給を非常に強く望んでおりまして、できれば……一度会って、直接話したいと申しておられるのですが、ご都合をつけていただけないでしょうか」

「ちょっとお待ちください、今申されてすぐにというのは自信の方がございません」

 うまくいきすぎて少々怖い気もするんだが、こういう時こそ慎重すぎるほど慎重になるべきなのはわかる。

 

 

「これはこれは、お若いのに奥ゆかしい事でございますな。もっと野心というものを持たれてもよろしいかとも思いまするが。いいでしょうか、誰も最初は素人。ここにいる皆も、実際に商売をしながら、こつこつと経験を積み上げて酸いも甘いもかみ分けて、一人前になって行ったのでございます。ご心配召される事などございません」

 確かにその通りだろうが、経験値上げていったら、ここにいる連中のように利ざとそうな、悪徳商人顔になってしまうのか?

「確かにおっしゃられる通りかもしれませんね。それに、川上の町の上にある山は大変危険で、魑魅魍魎の跋扈する危険地帯。地元の手慣れたものでもなければ、入ることはかないませんからね」

 俺の方からちょっと色を付けて、とりあえず山の危険性をアピールしておいた。実際にいるのが何なのかはわからないが、河童はいるし、滅多に出てこないが、だいだらぼっちのような大物もいるのは確かだ。

「そのようでございますな。噂だけはよく耳にします。街にいるとついつい安全な気になって、そのようなもの共への畏れというものが薄くなってしまいがちですが、私どもはなごうに生きております者ですので、幾度となくおそろしい噂をきいておりまする」

 実際にいる魑魅魍魎の数は非常に少ないのだが、人の多い街に住む者たちが、鬱蒼とした山に入り、自然の脅威を知るにわたり、実際以上に恐ろしく感じてしまうものなのだ。

 そして誰かが、ごくまれに本物の魑魅魍魎に偶、ちらっとであっただけで、噂は実際以上の大きさで広がっていく。

「お待ちください、川上の集落に住む者でも、山の自然というのは恐ろしいものであることには変わりございません」

 一応相手に恩着せがましく言わないとこの連中相手だ、こんな時でも絶対に自分たち有利に話を進める事をしないわけがない。

「いえいえ、それゆえに、利幅の大きい御商売をお任せできるという次第ですよ」

 部屋のあちらこちらから作り笑いであろうが、少しだけの笑い声が聞こえてきた。

 難しい局面に来ているのは確かだ。ここの連中がそうそう簡単に人を信じないのはわかる。それでもこうやって取引、しかも利幅の大きい商いに誘ってくる理由といえば何があるのだろう。

 勿論怖ろしげなものが跋扈する山に、不慣れなものが入れないというのは事実だ。

 しかしそれを知りながらも今まで、川上の集落のものに安定させて納めさせていた、商い上の交渉術があるはずなのだ。

 ここ最近あの辺りがきな臭く、収穫をあきらめないといけないかもしれないという状況にあったのも確かで、何としても以前のように、そこそこ安定して供給をする事ができるルートを、必死で探しているのもこれまた確かだろう。

 だが、少し考えればわかるのだが、譲歩しすぎだ。

 価値を知られることなく買い付ける交渉術なら、幾らでもあるはずなのに、何故老獪な商人がここまで譲歩してまで、俺を引き込もうとするのだ?

 淀屋の番頭の伊吉郎も首をかしげていた。商売上ここの連中と何度も会っているはずだが、おそらくここまで譲歩して、人を引き立てようとしたところなど見たことはないのであろう。

「そうですか。山育ちの無作法もの故、お取引先に無礼を働いて、こちらの皆様方にご迷惑をおかけしないか、それだけが心配なのですが」

「いえいえ、お若い方は元気のよろしい方が、好まれるものなんですよ」

 大手の取引先に紹介するのだ、相手先から言ってきたかどうかは置いておいて、ここの商人組合も一応俺の事は見ているはずだ。どこまで調べたかはわからないが、もともと川上の集落には戸籍はおろか人別帖すらないはずだから、突然ぽっと現れた俺を調べるのは、相当苦労するはずだ。

「そう言ってくださいますよ、有難いですよ。私どもの集落のためです、お受けさせていただきましょう」

「おお、そうでございますか、そうでございますか。では、大酋長は私、井筒屋にお招きし、お相手様と会う準備作法をお教え摺ろことにいたしましょう。番頭さんの方ですが、淀屋さん共々、この街で一番立派な療養所を予約させておりますので、私どもの好意に甘えてくれるというわけには参りませぬか?」

 その丁重なる申し入れを聞いて、淀屋の番頭の伊吉郎は、何の反応も出来なかった。勿論肝が冷え切って、感情を出している余裕すらないのだ。

 これからこの街の商人組合の息のかかった療養所に連れていかれて、どんな治療をされるかわかったものでは無いのだろう。

「あ……あのう……私がこの街とうちの町を繋ぐお役に付くとか、そういったお話は、いかがなのでしょうか?」

 伊吉郎は自分の身だけを心配しているというのがよくわかった。

「それは、淀屋さんを交えて、お体に触らぬように、ゆっくりとお話していくことに致しましょう」

 さて、怖ろしい連中だ、淀屋の番頭の伊吉郎が、川上の町を取り仕切り、この街でも大店を任せてもらえるという話は、暗がりの中でいつの間にや決まるのではなく、淀屋長兵衛を交えた、街の商人組合の強面と一緒になされることになるらしい。

 その中で、伊吉郎が淀屋長兵衛に引導を渡すような事をすることが踏み絵で、それができないようなら仲間になることはかなわないという事なのだろう。

 もし伊吉郎が淀屋を裏切るようなことができない場合は、淀屋長兵衛ともども、何らかの怖ろしい処分の対象となるに違いない。

 そしてその時は、銭駒屋の久次がその座に就くのだろう。聞く限り久次は、裏切りとか人を陥れることに何の躊躇もなさそうな感じだ。

 ここまではまあ言ってしまえば、俺の勝手な想像というか推理でしかないのだが、今まで起こりえた事柄を勘案して行けば、まず間違いなくそうなりそうな感じだ。

 結果として、一番悪い奴、つまり久次が勝つという事になりそうなのだ。

 こうやってこのあたりの商人どもは、今までも、強くて悪いやつが勝ち上がってきたのだろうな。

 だが、今の俺の任務は、悪徳商人どもの浄化ではない。

 淀屋の番頭の伊吉郎が、部屋にいた数人の大店の主風の男たちと一緒に、俺と分かれて、どこかに向かって行ってしまった。

 背中はどことなく哀れだが、掛ける情けは持ち合わせてなんかいない。

 

 

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