ブログ連載一周年を記念し、ストーリーのまとめの為Wikiを制作しました。
こちらをご覧になれば、あらすじ等の理解に役立ちます。
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第472話
「そういった作物というか、商品にお詳しい方を存じてられるのは、こちらの大酋長様になるのではないでしょうか」
こういう時、つまり横領の嫌疑をとりあえずこっちに置いといて話をそらし、新しい物事に目を向けてもらいたくなるものだ。
件の商品に詳しいという事をアピールし、俺の信用を上げて、その後あわよくば横領の話を忘れさせるか、本当に戦費に使ったと丸め込むかしようとしているのだ。
それくらいすっかり読まれていると思うのだが。もしかしたら後でしっかりと、突いて来られるかもわからないし、『ほおの木』の納入のために目をつぶってもらえるかもしれない。ただ、淀屋の番頭伊吉郎は、今のところ自分にかかる嫌疑が消え失せようとしている、もしくは相当の時間を稼げそうだと、その程度の気持ちでいることは間違いない。
伊吉郎は表情を変えてこそいないが、内心ほくそえんでいそうな、そんな感じだ。
それより、俺の方が伊吉郎以上にほくそえんでいる。
なにせ欲しい情報に一直線で繋がるかもしれない瀬戸際なんだ。
「確かに、私ならば山の作物について詳しいか、もしくは自分でわからなくとも、よく知る者から聞くことができますね。と申しましてもどこまでお役に立てるのかはわかりませんが」
少し謙遜して商人組合の60人ほどの連中にいった。
「おお、そうなのでございましたか」
井筒屋が枯れた低い声で言ってくる。
決して表面には出してなどいないが、商人組合の連中からの感触も上々だ。
「お求めの品はおそらく私が考えているものと同じでしょうね」
今まで怜悧そのものだった商人組合の連中から、小さいながらもざわめき声が聞こえてきた。空気の流れは変わってきている。
「さ、さすがはあれだけの者たちをおまとめになられる大酋長様、とでも言ったところでしょうか」
今度は縦黒屋がいう。思ってたより切れ者だと判断した目が周囲からくる。
淀屋の番頭の伊吉郎は、意地なのか、解ってないのに解ってるふりをしている。
「それさえ安定供給できれば、芥子をはじめ他の作物も、変わらぬご贔屓を賜れるわけと考えてよろしいのですか?いえ、こちらは淀屋さんをはじめとする商人組合とは別の、川上のそのまた奥の山からの願いなのですが。そちら様に買っていただかない事には、川上の町の商人組合に卸すのもなかなかに、というわけですので」
一応、淀屋たちを蹴落とし、直で取引をしたがる強欲ではないとアピールする。
なんとなくわかったところでは、芥子と並んで『ほおの木』の取引は、この街の商人組合にとって、相当に重要なものだったようだ。今までそれを全く悟らせていなかったのも凄いな。
今回、安定供給が難しくなるやも知れないことで、始めて表面に現すことになったようなのだ。
それに、今日俺たちを呼んだのは、芥子の取引の横領の件ももちろんあるが、そちらの方なら、、この街の商売規模からすれば、もう少し待ってやってもいい程度の、どうでもいいくらいの金額であって『ほおの木』の方が勿論重要なもので、ゆえに何が何でも今すぐ話がしたかったのだろう。
どれだけの金額になるのかはわからない。ただ、淀屋たち商人組合が横領した金額は、戦費援助だとでも言わないと、誤魔化しがきかない程多額なはずだ。なのに、それ以上に重要なものだと言っている気配がするんだが……。
「いえいえ、手前どもといたしましては、商売人に最も必要な信用を踏みにじり、わずか幾許かの金に走られた淀屋さん方とかとはでなく、別に新しい方とお取引させていただいても、全く構わないのえすよ」
淀屋の番頭伊吉郎の顔が目に見えて変わった。長年の商人暮らしで、表情を悟らせまいとする習慣が、身についているのにもかかわらずだ。
そりゃそうだろう、淀屋長兵衛たちと一緒に沈没するか、新しく大店一軒を任せられるかの瀬戸際なのだ。まあそれは伊吉郎が考えているだけで、現実にはそんなに甘くなんかないだろうが。
最大限夢を見ている虫のいい伊吉郎は、自分が蚊帳の外に置かれているのに、まるで気付いていないようだった。
しかし、今俺に、最も知りたかったことが、探すどころか向こうから近づいてきてくれようとしているにだ。こういった調子がいいと思われる時こそ、反対に気を引き締めてかからないといけない。
一つだけ心配なことがあるとしたら、急がされてたこともあって、川上の町にまで来てくれてた河童の話を聞いてやれなかったことだ。あいつらは河童の妙薬を作る為の原料の一つとして『ほおの木』を使うのだ。そのへん、グスタフイワノフがしっかりと聞いてくれると思う。
だがそれが何か心に引っかかるのだ。
今すぐ知りたいのだが、ここは商人組合の会場だから、モバイルデバイスを出して見ることも出来ない。
「一つご安心を。それなら新鮮なものの在庫があります」
そう、河童に『ほおの木』の新芽を摘んでおいてくれと頼んでいたのだ。
安堵する商人組合と真逆に、淀屋の番頭の伊吉郎は、驚いていた。自分を差し置いて、俺が、その重要そうな取引に詳しそうなのは意外だったんだろう。
「そうなのですか、さすがは大酋長、聞きしに勝るお方ですね」
井筒屋がどう見てもこれは本当に安心しているといった顔でいった。
「大酋長とともに私どもも、山を守る戦いをしましたので、これからも無事取引ができるのでございます」
伊吉郎が自分たちが戦費を援助したから、商品作物が取れるのだとでも言いたげにだったが、皆にそんな嘘はとっくにばれている。
「大酋長、もしよろしければ、なのですが……取引先様のほうが、安定供給を非常に強く望んでおりまして、できれば……一度会って、直接話したいと申しておられるのですが、ご都合をつけていただけないでしょうか」
部屋にいる全員の目が、俺の方に向いているのがわかる。正確に言えば蚊帳の外の伊吉郎だけは呆けてしまっているが。
「ちょっとお待ちください、私は商売とか取引に関しては全くの素人なもので、今申されてすぐにというのは自信の方がございません」
うまくいきすぎて少々怖い気もするんだが、どう対応すべきなんだろう。こういう時こそ慎重すぎるほど慎重になるべきなのはわかる。