ブログ連載一周年を記念し、ストーリーのまとめの為Wikiを制作しました。
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第467話
「そうですか。ところでですが、番頭さん、気を付けたほうがいいですよ。交渉がうまく行きそうになかったら、責任を負わされるのは……というか一人に擦り付けられるかもしれませんよ」
少し、番頭と井戸屋の間にひびを入れておこうかと思ったのだが。
「その辺は大丈夫、そういう時の責任を負う役目は手代ですから」
「また何と……」
「私も手代をしていました頃は、そういう時にはそういう役目を負うという覚悟でおりましたから。番頭に出世すればその責務からのがれられるんです」
「また何と……」
ここまで来ればある意味凄いな。
それから番頭と色々話したが、大した話は聞けなかった。なんのかんの結構歩いて、ようやく町の中心から少し離れた公民館についた。
川の上流の町にあった、淀屋たちが会合を開いていた公民館とは比べ物にならない大きさだ。ただ、木造二階建で敷地も広いのだが、いかんせん見た目があれだ。わかりやすく言えば、ひなびた温泉旅館をそのまま持ってきて、派手に飾り付けて失敗したような、それでいて金だけはかかっていそうな、そんな感じだ。
瓦など真黒でつやつやだ。二階だけ雨戸が閉じられている。
敷地周りに杭を打ち、横に竹を添えて囲いにしている。通用門はそれほど大きくないが、籠がすれ違えるくらいの広さはある。
やはり門の左右に、侍ではないだろう、例えるなら足軽のような恰好をした男が二人、槍を携えて立ち番をしている。
ここでは淀屋番頭の伊吉郎は小物にすぎないらしく、門番の足軽風の護衛に、一応丁寧な態度でだが、止められた。
「あいすまぬが、招待状はお持ちか。今の時間は関係の者以外立ち入り相成らぬ故」
番頭の伊吉郎の顔が曇った。困ってるようだ。
「招待状……ですと……」
どうも持っていないようだ。おそらく淀屋長兵衛が渡し損ねたのだろう。
「左様、拙者どもも、その書状を持たぬ者を、決して立ち入らせてはならぬと、きつく命を受けている身故」
「こ、困り申したな……それはそれは……しかしですが、そちらの方々もご自分のお役目のある身、無理を申すわけにも行けず……そう、大酋長、ここは一旦、帰ることに致しましょうか」
これ、淀屋長兵衛が渡し損ねたのではないな。長兵衛は医者の所に担ぎ込まれ、番頭の伊吉郎に渡すのもままならなかったとの言い訳が通じる。
淀屋長兵衛が大変な事態、取るものもとりあえず駆け付けた番頭は、商人組合集会所である公民館に、ちゃんと出向きはしたが、門番の正当なる職務遂行で入ることができず、無理に押し通ることも出来ないので帰ったという筋書きだ。
こんなことしても稼げる時間はせいぜい長くて半日だろう。
しかしこの悪徳商人どもは、稼げるならどうやってでも時間を稼ぎ、そのほんのわずかな間にでも、事態が好転する方に掛けたのだ。
そこまでやるか……。
俺を置いてでも帰ろうとし始める番頭の伊吉郎に、門の奥から、まるでその様子を予想して待ち構えていたかのごとき声がきこえた。
「おやおや、これはこれは、淀屋さんの番頭さんではございませんか」
門に背を向けていた番頭の伊吉郎の顔が、あからさまに曇った。
「おお、これはこれは……丸庄の番頭さんではございませんか、真にお久しぶりにございます。いえなに、少しの手違いがございまして……へい」
絶対に門からの死角に隠れて見張っていたに違いない丸庄の番頭。淀屋長兵衛の着ていた着物風衣装の生地よりも、明らかに上物の身繕いだ。
逃げよう……いや、帰ろうとしていた淀屋の番頭伊吉郎は、本心では血の気が引いているのを必死にひた隠し、門の内向こうに体を振り返らせた。
また例によってずる賢そうな男だ、この丸庄の番頭。ひょろひょろとした中背の、金と物に汚そうで、厭味ったらしい面構え。黒茶色で光る生地の着物風衣装のせいか、泥鰌を連想させる。
「皆さんお待ちかねですよ、お入りになってはいかがです」
泥鰌男である丸庄の番頭が微妙に体をくねらせるようにして話す。動作も泥鰌っぽい。
ちなみにやすきぶしを踊るのは人間で、捕まる魚の方が泥鰌だ。
「それがですね……先刻、こちらの街に着いたばかりの時、十二人もの刺客に襲われまして、そのことがあって私どもの淀屋は、救急籠でお医者様のもとに担いでいかれてしまったというありさまなのです」
また刺客の人数が増えてる……三倍増しだ……この分では、淀屋の傷はいかほどのものにされるんだろう?
「そうですか、そうですか……それはお気の毒に……傷の方はいかがなのでしょう。後で商人組合の方から、見舞いを届けます故、どの先生か教えてくださりませんか?」
一応通例では番頭同士は同格のはずだ。しかしこの場合、丸庄の番頭は、どう見ても淀屋の番頭の伊吉郎はおろか、店主の長兵衛よりも力を持っていそうな感じだ。
「あ……私のような商人、肝が小さいもので、あのような修羅場を見てしまいますと、ついつい、もの忘れも多くなってしまうです」
「前々回、ここで淀屋さんが倒れられた時は、西庵先生でしたね。今回は存じませんが」
読まれてる。それにしても、前にも仮病作戦つかったのか、呆れるな。
「い、いえ、そのような非常事態故、私は書状を旦那様から預かることができず、門を入ることができませんので、とりあえずここは一旦」
淀屋の番頭の伊吉郎は、何とか逃げたいらしく、必死だった。
あまり変な動きをしないでくれ、こっちまでとばっちりが来る。
「御冗談を。私がこの目でしっかりと確認しておりますのです、そのようなものがいるわけござりませんでしょう。ささ、お入りを」
当たり前の理屈なのか。無用な者を立ち入らせないための書状であり、招待客である淀屋のその番頭ともなれば、確認が取れれば入れてもらえて当然か。
番頭も、自分たちの利益になる話だったなら、例え書状とやらが無くても、中の者に顔改めさせるから呼べと叫んでいたはずだ。
もうこうなっては逃げられない事を悟って、番頭の伊吉郎は屠殺所に連れていかれるかのような表情で、さあどうぞとばかりに道を開ける門番の間を通って、中に入っていった。
「ところで、そちらのお若い方が、今我々の間でひとしきり話題になっておられる、大酋長様でしょうか?」