第207話
ブリッジに入った二人……いや、二体のホムンクルスは、顔を向けあう事も無く、コンソールにあるターミナルに、持っていたコンピューター端末から、デバイスケーブルを差し込んだ。
「自爆シーケンス解除」
ホムンクルスの端末とコンピューターがリンクされ、トレスパスのデストラクチャリング(自爆)解除の為の解析作業がおこなわれようとしていた。
「馬鹿な奴らだ、クルー総員68名と他5名、73名計、全てシャトルで脱出してくれたか」
「確かにシャトルの生命反応は確認した。奴らが脱出するため、残りがいないかを確認する為のカウントだから、間違いないだろう」
「我々が艦内で爆破テロを行い、そいつに慌ててサブスペースから出れば、そのタイミングで我々の仲間に攻撃され、拿捕される恐れがある。サブスペースから通常空間に出て、ステルス遮蔽を行えば、艦内から何か秘密をモニターされる恐れがある」
「最終的に考え付いたのが、勿体無い事にこんな最新艦の自爆、乗組員の命からがらの脱出とは、お粗末なものだ」
ホムンクルスが会話しているうちに、コンピューター端末はデストラクチャリングのコードを解析し終えていた。
「宇宙艦のコンピューターシステムのプログラムは、複雑で膨大だ。航行システム、生命維持システム、戦闘システム、安全対策……人員をどれだけかけてもかけきれないほどにな。その中で優先順位の高いものから順に、システムを構築しないといけないのは当然の事。逆に言えば、優先度の低いシステムに手間暇をかけられるわけはない。デストラクチャリング・シーケンスなど、主要なシステムとも違ううえ、滅多に使われることは無い。そしてその解除方法は、システムの性質上、複雑な手続きや暗号化など取りようが無いと踏んでいたが、その通りだったようだな。自爆の解除は出来る限り簡単に行わねばならないからな」
モニターに自爆システムが解除され、艦は安全に戻り、通常の航行が出来ることが示されるメッセージが出される。
「よし、今からご親切にシャトルの連中に、艦の自爆シーケンスが解除されたってことを、教えてあげることにしようか」
わざと意地悪く、ホムンクルスの一体がそういった。
もう一体が通信システムを解析し、シャトルへの通信リンクを開いた。秘匿回線以外の通信システムは、緊急性の観点から特に複雑ではない。
「シャトルで亜空間をご遊覧の皆様、小さく脆弱な船での危険な亜空間航行を、存分に楽しんでられるようで何よりですな」
そのトレスパスのブリッジから発せられた映像と音声は、73名の乗員を乗せ、亜空間を航行する小型シャトルに届き、通信長の操作するモニターを介して、シャトル中のクルーに伝えられた。
「色々考えた結果、貴方方が放棄されたこの素敵な艦は、勿体無いので我々が頂く事にさせてもらうよ。あ、自爆に関するシステムは停止させていただいたので。新造艦でしょうに、爆破するのはもったいない」
狭いシャトルの操縦席で、ピーター艦長は通信長のもとに駆け寄り、マイクに向かって大声で叫んだ。
「なに、デストラクチャリング・シーケンスが解除された?奪われたというのか、トレスパスが」
何かを蹴り上げかねない勢いだった。
「この艦はサブスペースを出たのち、ステルス遮蔽モードに入り、貴方方帝国艦隊にも発見できぬままの状態で、我々の安全な地帯へと向かわせていただく。相当優秀なクローキングシステムだそうじゃないか、その実力を中からとくと拝見させていただくよ」
ホムンクルスの一体が、荒れる艦長をあざ笑う。
副長、機関長をはじめ、居並ぶ上級士官が、そろいもそろって血の気もうせて、モニター越しにホムンクルスを見つめ続けた。
コンソールに伸ばした両腕を付け、ガクリと頭を垂れた艦長の横に向かった俺は、モニターに向かって語り掛けた。相手モニターには俺の顔が映っていることだろう。
「お前たち……トレスパス内部で爆破騒ぎを起こし、慌てて通常空間に出れば、敵艦が待ち受けていると思わせ、その上、通常空間に出てステルス遮蔽を使えば、艦の内部から何か秘密の粒子、電磁波その他をモニターされると思わせ、そしてその結果、クルー全員脱出させて、艦を自爆させると踏んで……そこで艦を乗っ取る……そういう事か……ホムンクルスが感情に流されず、冷徹に全てを処理するようにやり遂げると聞いていたが……まんまと……たった二体のホムンクルスによって、してやれられたわけか」
相手側……いや、見事に強奪された帝国の最新ステルス遮蔽艦トレスパスの、通信モニターに映っている俺の顔は、おそらく相当にみじめな敗残者って奴なんだろう。
「ああ、プロフェッサーの作戦通り、俺達二人だけで充分だったようだな。もうこいつは俺達の艦だ。そうそう、そちらの武器でこちらに傷をつけるのはかなり難しいかもしれんが、こちらの武器でそちらを破壊するのは、たやすいだろう。だが、ライオンは兎を倒すにも全力を尽くす。お前たちも逃げられると思うんじゃないぞ」
ホムンクルスは武器システムの解析に取り掛かっているようだった。
「あのね、どうでもいいけど、兎を弱っちいのの代表にしないでよ」
白兎が横から出てきてホムンクルスに文句をいった。
「そうそう、兎はすばしっこいから、お前等みたいな馬鹿だと、二人掛かりでも倒すどころか逃げられちまうのがおちだぞ。馬鹿二人頭ぶつけてもっと馬鹿になるか?」
俺が言うと、なんとホムンクルスは反論してきた。感情は薄いと聞いていたが、意外とそれは有るようだ。
「簡単に艦を奪われる馬鹿どもが何をいう」
「こっちの星では、人に馬鹿っていう奴が馬鹿って言われるんだよ。お前等二人とその、今はそこにいない、自分で何にもしないで後ろでこそこそしてる、プロフェッサーとかいう奴も一緒にだ」
あ、先に馬鹿って言ったの、俺の方だった……だまってよ。
「ふん、なにをいうか、俺達二人にまんまと艦を奪われた馬鹿どもが。立案者のプロフェッサーを侮辱したつもりか?」
「いや……そんなつもりはないよ。プロフェッサーが頭いいのはわかった。それに、お前たちが二人きりで、ブリッジにいることもな」
「それがどうした。コードは続々と解かせてもらってるよ。操縦システムも、武器システムも我々の手の中だ。何せメインブリッジからだからな。対して、シャトルなど外部からの遠隔コントロールなど出来ないことは、調査済みだ。今更何も出来まい」