第111話
「参拝の前の風習で、み~~んな。手を洗って口をゆすいで清めないといけないんだけど、その手水場って所の前に参拝者さんが立つと、人感センサーで自動的に僕のテーマ曲が流れるんだよ。お~~きな袋をか~~たにかけ~~♪大国様が~~来かかれば~~♪か~~わいくかしこい♪し~~ろう~~さぎ~~♪いちばんで~~しに、な~~りました~~♪って」
いってることはほんとだけど、少し……。まず歌詞が違う。それ以前にその歌のタイトルは『大国様』というんであって、因幡の白兎のテーマ曲じゃない。(註:白兎神社で手水場の前に立つと、人感センサーで自動的に『大国様』がかかるのは本当)
「素晴らしい。讃美歌とともに手と口を洗い清め、禊を致すのですね」
え?あれ、讃美歌だったのか?それ以前に、この高位聖職者の皆様……この都市国家ハヤートゥみたいなところと勘違いなさっておられなければいいんだが……。
「そして、さっきからみせておりまする、僕の治癒能力の源泉ともいうべきものが、有るんですよ~~」
胸を張った白兎は、大喜びで話し続けていた。
「な、なんと」
「白兎神社の真ん前にあるんだけど、僕が昔々大けがをしたとき、傷口をその池の水で洗って、ガマの穂の霊薬をつけて治したって、聖なる霊泉なんですよ~~。どんなに日照りが続いても、どんな大雨が降っても、池の水はいつも一定なんだよ~~」
「す、素晴らしい……神の御許に鎮座ましまするる聖なる霊泉……そのお力が我ら檀信徒たる警備兵のお命を救い給うたのですね」
高位聖職者の方々があまりにも感激してくださるので、白兎は上機嫌マックスともいえるかんじで話続けていた。
長くなりそうだから、その間に、エスメラルダに小声で訊いてみた。
「なあ、エスメラルダ」
「どうしたんですか?」
小声で訊いてきたという事を察して、エスメラルダも小声で訊き返す。
「どうしても不思議なんだが……」
「あ、大体聞かれたい事解ってきました……」
「だろうな……じゃ、訊くけど……なんで白兎って、因幡の白兎って、神様のお仲間になってんの?っていうか、どうして神様になったの?」
「あ~~、う~~ん……」
「たとえば、狐の中で特別秀でたのが、神様の使いを長年務めてて、その後功績をうけて稲荷神社で奉られるってのはあるよ。その逆で大したことないずる賢いだけの狐が、俺の仲間の狐のあいつが神様扱いされてる、俺も神のふりして奉られてやろうと考えて、そうやってインチキ稲荷になったのもいる。人を祟ったり障ったりしでかす奴らだね。でも、白兎の場合、そんな優れた功績残してるとは思えないけど、そんなに悪質でもない。神様になる程優秀な事もしてなさそうだし、魑魅魍魎とかとも絶対違うと思うし」
謎だ……。
「君たち出雲の鼠一族さんはわかるんだよ、大国様が素戔嗚尊様の試練で危うく死にかけたところを助けたんだから。でもなんで因幡の白兎が?」
「……そうですよね~~。話ややこしくなるんですが……大元になるのは、あいつが怪我して苦しんでて……いえ、自業自得みたいな怪我なんですけど……その時たまたま通りかかった、大国様のお兄さん連中が、からか衣半分に、余計に傷が悪化するようなことを教えてしまって……この話は知ってますよね」
「うん。その後お兄さんがたの荷物を全部持ってて、遅れて歩いて来られた大国様が、ちゃんとした治療をって話だよね。あの方お優しいから」
「それが、兄たちの仕打ちに対して、悪いと思ったのか、必要以上に真面目に治療しちゃって、傷が治ったら因幡の白兎は霊力がついちゃってたんです」
「へ?」
「よく言えば御神徳、そうじゃない言い方をすれば手違いで、霊力がついちゃったんですよ。まあ、その後少しすったもんだの物語もあるんですが、ようするにそれが事の起こりであって、そして最大のきっかけってのはそれなんです」
「……」
もう、なんか、どうでもよくなってきたような。
で、くだんの白兎の方だが。
「と、いうわけで~~、神様は自分の姿に似せて人間を作りましたので~~神属性を宿すことになった僕は、人間の姿にあいなった次第なのです!」
「お、おお~~、なんと」
高位聖職者の方々はまじめに感激してられた。
あのな、白兎、生まれたときからずっと一神教で来た方々に、八百万の神々の一柱として、普通に地上に降臨したって話なんかして、混乱なさってるじゃないか。
「あ、それでおもいだしたけどね~~この英人君、タコみたいなのとか、トカゲみたいな宇宙人がいるって思ってたらしいんだよ~~」
「なな、なんですと……御冗談を……人間は神がご自分のお姿に似せておつくりになられたものです、そのような知的生命体がいるわけがないではありませんか」
高位聖職者の皆さんがお笑いに……あざ笑うとかそういうのではなく、何をご冗談をと言った感じの笑い方だ。
「して、すこしお尋ね申しますが、そちらのお嬢様も神の御使いでいらっしゃるのですね」
「え?私?」
突然高位聖職者の一人に尋ねられたエスメラルダは、多少驚いたようだったが、すぐに冷静に、礼儀正しく話し始めた。
「ご存知のように八百万の神々は、人間の自助努力を促すとか、様々な理由で天界と人間界に、ほんの少し距離を置かれまして、直接干渉の機会を出来る限り少なくなさっておいでです。でも神は人間界を気にかけてらっしゃれ、人々が困られた時、真に神々が動かれるかどうかのその視察と判断のため、私たちのようなものが控えさせていただいております。私たち……一族で、八百万の神々の中でも相当に位の高い神に仕えておりまするのですが、その大国主命様がお若いころ、修行中に大変な危険にお会いになられた際、お救い申す栄誉に授かりまして、そのご縁と功績により、我ら鼠族を取り上げていただいておりまする。今、我らの壊れてしまいました宇宙船に残り、帝国のご厚意により、受けております修理を手伝っております者ども、全て我が一族にございまする」
高位聖職者の皆さんは、まだローティーンにしか見えないエスメラルダが意外にしっかりとしているのに感心を寄せられていた。