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第107話

 

 

 

 

 そうこうしている間に、白兎はしゃがんだままのエスメラルダの右の足の前に屈んで座り、裸足の足首に少し触れた。

「あ、骨にも腱にも異常はないよ、よかったね~~。ほい!」

 ふわりとした青白い光が白兎の指から流れでて、患部である足首をぼわっとした光で包み込むと、全く何もなかったようにエスメラルダの足は治った。

 

 

 

 

「な……」

 押し隠しきれない声が僅かに漏れたかと思うと、ほんの少しだがざわめきが起こった。

 泰然自若の帝国を代表する高位聖職者が、精神的に十分すぎる鍛練と修行を積んでおられるその方々が、儀式の最中に我を失い声を漏らしたのだ、尋常じゃない。

「申し訳ございませんが、お教え願いたい。その……その治療は一体……」

「なにか、お手になにか持たれてらしたのか……」

 6名の高位聖職者が驚いた顔で、お互いアイコンタクトを取りながら、代表二人をいつの間にや選び、尋ねてきた。

「え?僕~~?な~~んにも持てないよ~~」

 白兎はぴょこんと振り返ると、高位聖職者の方々に両の掌を見せた。袖も振って、何も持ってないことをアピールする。

「いえ、加持祈祷や心霊治療の出来る術師なら、帝国にもおります。たとえば先ほどの捻挫を治す事のできる力や、それを少し上回る程の病気を治せる者もおりまする。しかし……」

 高位聖職者の一人が白兎を見つめて尋ねた。

 貸与された聖職者用の法衣を着た小学校高学年くらいの、見た目まだまだおさない、細く色白の小柄な少年で、銀髪おかっぱ頭。左右にみずらに編んだ髪型。

「これくらい、僕にはふつうふつう」

「すこしお尋ねさせていただいてよろしいか?」

「え?べつにいいけど」

 高位聖職者の問いに、白兎は普通に返した。

「先刻、この館内にキメラが侵入した際、当帝国の教皇庁警備兵が、謎の毒物あるいは生物兵器のようなものによる奇襲を受け、一時は重篤なる危機に陥ったと聞き及びます。手首や足首が黒く腫れ、やがては全身に腫れが広がり、黒い膿が出る、人工的に作られた病原体であったと聞いております」

「そうだったよ~~」

 屈託なくあっさりと白兎は答えた。

「その兵たちが、幸いにも一命を取り遂げたと聞きました。私どもは、あなた方が何か、特効薬のようなものを、偶然にもお持ちであったのかとも考えておりましたが、もしや……先程のような、貴方様の」

「うん、霊力で治したげたよ」

 こいつ、白兎は、いつも大変な事をあっさりという。

「な……」

 さっきも……同じような事があったが、再び高位聖職者はざわつき始めた。

「今日お迎えいたしました御三名のお方を含む皆様が、すでにお気付きのように、只今行われておりまする儀式は、長い帝国の歴史でも数えるほどしか行われたことの無い、特別なの中の特別なる秘儀であり、それが何を意味するか、真の意味はここにいる七名しか存じません。そして、勿論皆様の考えておいでの通りです」

 高位聖職者の一人がそう言われた。やはり、思った通りか。

「ここまでの厳重な警備のもとで行われ、更に教皇をはじめとする帝国最高位の聖職者の方々しか入室できない、そんな儀式。証書を渡す儀式だと言われるのは表向き」

 そう答えさせていただいた。先ほどから俺が思ってるとおりだろう。

「確かなご慧眼。お察しの通りにて。この儀式は広大な帝国の長い歴史上でも、おこなわれた例が極端に例が少なく、また、最上級の司祭のみに秘匿された最重要に当たりまする儀式。すなわち、神の御使いであらされまする、あなた様方を迎え、最大限の感謝を致し、全ての権限を委譲する証書を授けるという儀式にございます」

 強張った顔で緊張を隠さず、高位聖職者の一人は言った。

「やはり、私ども時空エージェントへの依頼と委任が、かつて古代にも行われたことが有り、そのための儀式だったのですね。帝国における危機への助力、我々はもとより承知いたしております。そしてそのためにこの地へ赴きました」

 白兎とエスメラルダ、三人で並び、背を伸ばし胸を張って答えた。

「おぅ、そ、それは、ありがとうございます!」「何という事、言葉もございません、ただただ、ありがとうございます」「ありがとう……」

 高位聖職者の皆様方が、俺達の承諾の答えを聞いて、そして即座に最大限の感激の声を上げてくださった。いや、感激というより、もう、問題は全て片付いたとでも思っているかのように、そんな仕草と反応だ。すぐにでも皆で見つめあい、肩でも抱き合いそうな喜びようだ。

 なんというべきだろうか……雰囲気を例えるなら、有名な劇画で依頼主が、最強の殺し屋に依頼を引き受けてもらって、50万ドルだか100万ドルだかを受け取ってもらい、憎っくき奴はもう死んだと確信した時のような……。

 俺達はへっぽこだから、こんな大きな任務こなせるかどうか自信なんか、殆どなくって、この星に来る前に宇宙船で、無理だ、帰ろうとかいう情けない会議をしていた事は、この雰囲気ではとてもじゃないが言えない。

 それでも、傍から見て自信がありげに見えると思われるのは、任務達成の際にもらえる善行のポイントは大幅に減ってしまうけど、ホントのホントににやばくなったら、俺達から高位の神様に、助けてくださるように依頼できるからだ。もちろん、任務を懸命にこなし、これこれこう頑張ったけど、これこれこういう理由で、ここから先はお力を借りないといけませんと、しっかり説明できるところまで頑張らないといけないのだが……。

 いや、そこまで頑張るのは並大抵じゃない……。それよりしかし、今じゃ、完全に引っ込みはつかなくなった、これだけは確かだ。

 もしかしたら、今、俺達って多分、顔が強張ってると思うけど、何も知らずに見たら、決意を表明する真剣な表情に見えてるんじゃないだろうか?

 六名の高位聖職者がしばし、安心と喜びに浸っていたその時だ。

 すくっ!っと、おもむろに教皇が席から立ち上がり、前にと歩いて来られた。

 

 

 



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