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第106話

 

 

 

 

 

 左手に儀式用の杓を持ち、同じ左手のゆったりとした先開きの袖のうちには、鈴の付いた余裕のある大きさの腕輪をはめている。

 教皇だ。

 コロニーや衛星を含めおよそ200もの星々の人々に、最も敬愛されている宗教的指導者、かつて皇帝さえも譲らざるを得なかったといわれる、人民の全面的な支持を集めているという、もはや伝説的な人物。

 

 

 

 

 

 

 なによりも、その優し気なで、愛しみをたたえる表情、その微笑みかけてくださるお姿を、俺達だけで見てしまったら勿体無い気すらしてくるほどだ。

 すこしゆっくりと、だがそのご高齢の体からは、想像できないほどに確かな足取りで、部屋の中央に仕掛けられた、ゆっくりと回転し続ける六角形のテーブルへと近づいていく。

 六角形のテーブルの各隅には、それぞれ一本づつ、6本の蝋燭が灯っている。これは各々先ほどの蝋燭を載せた燭台を持っていた高位聖職者を現わすのだろう。そして真ん中の太く大きい蝋燭が教皇を指すと考えるのが道理か。

 教皇は複雑に重ねられた聖職者の法衣の胸の内から、丁寧に巻いた羊皮紙を取り出した。巻かれた羊皮紙はひもで結ばれている。そのひもをほどき、机の真ん中の太く大きい、先ほど教皇の蝋燭と推察した、その炎にくべた。小さく細い糸は一瞬でろうそくの炎に焼かれ、白い煙を少し立ち昇らせて消滅する。幾つかの燃え滓が揺らぎながら、ろうそくの炎から流れ出す熱い空気流を避けながら、テーブルの上の盆に散った。

 教皇はテーブルに杓を立てかけ、両の手で丸まっていた羊皮紙を広げていった。羊皮紙独特の隅がさばけ、厚さも微妙に不均等で、そして重さを感じさせている一枚の。

 証書だと感じた。いや、これだけの儀式を執り行った後こうやって取り出す羊皮紙が証書以外の何物であろうか。なにか細かい文字がいっぱいに書き込まれているが、ここからは読み取れない。

 教皇は全てを癒し慈しむその青く理知的な大きな瞳を向けられると、俺と目が会った。

 そして一瞬天井を見た後首を下に向け目を閉じ、手で胸の前に十字を切った。その手を羊皮紙に戻し、視線をその証書の文章に移した。

 唯一の光であるところの7つの蝋燭の炎は、教皇の正面の机の上で燃えている。しかし、その光は教皇の白っぽい衣服に跳ね返り、証書の文字を読むにたらしめている。

 そして年齢を忘れさせる程張りと艶のある、聞くものすべての罪を赦免するがごときの美しい声で申された。

「教皇静陵院祥袈聲蒼俊海の名を持ちて、この証書を授けるものとする」

 ドター、ドンガラガッチャン、ガッチャンドン!

 俺も白兎もエスメラルダも、完全に不意を突かれたようにずっこけた……。

 

 

 

 

 い ん た ~~ み っ し ょ ん ……。

 

 

 

 

 5…… 4…… 3…… 2…… 1……

 

 

 

 

 

「いかがなさいました皆さまわたくしが見るにお顔の色も少しおかしくまた転倒の際にかなりお体を打ちつけられたように見受けますが」

 データーアンドロイドV1が俺達のもとに寄ってきて、いつものように無表情に話しかける。

 俺達はV1に差し出された手を借りて起き上がった。

 全身の……力が……力が……抜けた……。

 なんかさっきまで凄く厳かでシリアスだったような……。

「いえ、ご心配なさらないでください、我々の星では特に非常に感激した時、このように転倒するというしきたりというか風習があるのです」

 よくとっさにこんな嘘口からでたな、と自分でも……。

「そうなのですねあなたがたの母星の風習を存じませんでしたもので不測の事態と勘違いいたしましたことをお詫びいたします」

 いや、わびなくていい、ホントに不測の事態だから……。

「英人君、エスメラルダ、足くじいちゃったよ、この場で治せなくはないけど」

 白兎が小声で聴いてきた。見るとどうも本当の様だ。

「あー腫れていらっしゃいますね」

 V1が言った通り、エスメラルダのお借りした聖衣の下から見える裸足の足首が晴れている。かなりねじってるようだ。これくらいの怪我、白兎ならすぐ治せるのだが、儀式を中断していいんだろうか……あ、とっくに中断させてしまってた……。

「申し訳ございません、儀式への返礼の儀式で転倒し、仲間のものが軽いけがを負ってしまいました、幸いにもすぐ治癒できるものがおりますので、少々お待ちいただけないでしょうか?」

 こうなれば嘘を重ねることになりかねないが、このくらい許されると信じよう。現にすぐ治るんだし。

「しかし、教皇様のお名前ですが」

 俺はやっと聞こえる程度の小声でV1に話しかけた。

「はい私共アンドロイドにはよくわかりませんが素晴らしい法名だと伺っております」

「ええ、大変高貴な僧職の御名前だという事はわかります」

「そちらの母星の高僧も似たような韻律のお名前なのですね」

「ある意味間違いないですが、我々の星ですと教皇は例えば、フランシスコ・フリオ3世とか、そういった感じが多いでしょうか」

「そうなんですかでもその名前ですと我が帝国ではどちらかといえば格闘家の名前に近いかもしれませんね」

 って……微妙にまちがってないじゃないか……。

 そんなのどうでもいい、そうそう、教皇のお名前、最上級の立派な僧職の法名でまちがいないじゃないか。そう、ここはモウ=マドゥー星系だ、地球じゃないんだ、地球じゃないんだ、地中じゃない……あれ?地球じゃないんだ。

 そうこうしている間に、白兎はしゃがんだままのエスメラルダの右の足の前に屈んで座り、裸足の足首に少し触れた。

「あ、骨にも腱にも異常はないよ、よかったね~~。ほい!」

 ふわりとした青白い光が白兎の指からでて、全く何もなかったようにエスメラルダの足は治った。

 

 

 

 



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