第83話
今まで行った星々では、大体共通するのだが、軌道エレベーターがある惑星は、鉄道網が発達している。
理由は簡単だ。
宇宙には人の住むことが出来る空気と水と、適切な気温その他の条件が整った星と、そうでない星を比べたら、そうでない星の方が圧倒的に多い。居住可能惑星であり、何もかも揃った惑星は貴重だ。
人の住めない惑星は数が多い。ほとんどは岩の塊みたいなものだが、その中から、資源調査を生業とする専門の探索チームが頑張って、資源のある惑星を見つけ出す。
厳密には惑星でなくても全く構わない。資源さえ見つかって採掘可能であれば、衛星でも小惑星でもいい。逆に小さな星の方が重力が小さく、引力圏から採掘した資源を運搬しやすいので好まれるものだ。
つまり、宇宙のとあるところで採掘された資源(仮に資源Aとする)は、貨物宇宙船で運ばれ、母星付近の資源精製ステーションに運ばれる。資源精製ステーションには別のとあるところで採掘された資源(仮に資源BとかCとか……)も運ばれてくる。
そして今度は資源加工ステーションに運ばれる。
資源加工ステーションとは要するに宇宙空間に工場が浮かんでいるという事だ。マイクロ波による送電、燃料の運搬、自前のジェネレーター、さまざまな方法で供給されるエネルギーを用いて、宇宙工場ステーションとでもいうべき建造物の中で資材を加工し、製品を組み立てる。もちろん資源精製、製品組み立てといった役割に特化したものもあれば両方の機能を持つものもある。ここで特筆すべきは、無重力ゆえに、合金の錬成制度が高くなるという事だ。
居住可能惑星では、その星にある資源を使って、なんとか頑張って巨大な軌道エレベーター一基目を製造する。
あっさりと言ってしまったが、土木工学、建築工学、素材工学その他最高のテクノロジーを結集させないととても作れない代物だ。
資源加工ステーションでは、発注された仕様書に基づいて、今度は二基目の軌道エレベーターの部品を製造する。宇宙で採掘された素材を使って、宇宙で部品を作り、そして貨物輸送船で居住可能惑星まで運ぶのだ。
宇宙空間で製造された重量のある物体を、大気圏突入させて惑星表面に運ぶのはかなりの難事業だ。
しかし、居住可能惑星には引力圏外まで達する軌道エレベーター一基目がある。
惑星引力圏外である軌道エレベーター一基目の最上階で、貨物宇宙船により運ばれ、引き渡された、軌道エレベーター二基目の部品は、その軌道エレベーター一基目(の、貨物チューブ)を使って惑星表面に下される。
そのころには軌道エレベーター一基目から、軌道エレベーター二基目建設予定地まで、鉄道が敷設されている。その路線を使って、軌道エレベーター二基目の部品は、貨物列車により運ばれていくのだ。距離と重量があるので、まず間違いなく鉄道輸送だ。
軌道エレベーター一基目から軌道エレベーター二基目まで鉄道を敷設する計画なのだ、十分な計画と将来予測に基づかないわけはない。敷設される線路は、貨物専用線であるわけがなく、一般旅客車両も利用できる。それに併設するかのように高速鉄道路線も敷設される。
軌道エレベーター二基目が完成した頃には、それらの鉄道網は市民の足としてすっかりなじんでいるわけだ。
同じような経緯を経て、軌道エレベーター三基目建設予定地と完成している軌道エレベーターとの間に、鉄道が敷設されるのだ。
あとは同じような感じで、軌道エレベーターとそれをつなぐ鉄道網が出来上がっていく。
……ってな感じだ。
大陸を超えるときは、海底特急を作るか、船舶で資材を運ぶか見当がなされるが、その答えは区々だ。
空気は意外と思い。気温気圧湿度にもよるが、一リットル当たり一グラムから1.2グラムだ。一立方メートルあたり一キロ以上と大雑把に考えてもいいだろう。
帆を張れば風が大型の帆船をも動かす。
はやい速度で動けば動くほど空気抵抗も大きくなる。
ロケットで引力圏を抜け出すのは、大変なエネルギーとコストがかかってしまう。しかも居住可能惑星ともなると、引力に加えて大気もあるので、空気抵抗まで加わることになる。
一基や二基の引力圏外への打ち上げならともかく、頻繁に宇宙と地上を行き来するような事をロケットエンジンを用いて行っていれば、エネルギーなどの資源問題に加え、オゾン層に代表される大気圏上空がどのような影響を受けるものかとても計り知れない。
コスト面もそうだ。
使い捨ての引力圏離脱ロケットの製造コストは、大型旅客機とほぼ同等。安いかどうかは別として、旅客機は整備さえ十分に行えば数十年にわたって運行が可能だが、ロケットは使い捨てだ。空気摩擦で燃え尽きるのでリサイクルすら出来ない。
宇宙の遥かむこうで亜空間航行が出来るようになったというのと、引力圏を脱出するというのは全く別の話だ。
一基建造するのに莫大なコストがかかったとしても、引力権を離れて宇宙と行き来する人、モノの量がある一定数を超えれば、軌道エレベーターを建造した方が有利になるのだ。
軌道エレベーター建設に伴い鉄道が敷設される。それはエレベーター間を直通で結んでいるが、やがて網の目のように広がっていく。主だった都市間は鉄道で結ばれていった。
その結果として航空機需要が減少していくとは、当初は考えてもいなかっただろう。
航空機輸送は広い平地を舗装し、滑走路と管制塔を作れば、飛行場となり、飛行場と飛行場の間に道路が無くとも行き来ができる。騒音問題その他の問題も、解決できなくはない。
搭乗手続きに時間がかかる、飛行場の気象状況で発着時間は変わる。いずれも我慢できないほどのものでもない。
それでも、高速鉄道が600キロを超える速度で走ることが出来るようになれば、主要都市間の顧客は激減し、今や鉄道の通っていない路線を、燃費の良い小型旅客機が運行される程度の需要となってしまっている。
宇宙に飛び立つ宇宙船空港に、空を飛ぶ半重力自動車といった、かつて夢見られていた未来予測像は大きく外れた。