日馬富士の傷害事件に端を発した大相撲の騒動は、初場所が始まった今も続いている。
そもそも力士同士の単なる酒の上でのトラブルが、なぜ、日本相撲協会のトップや横綱らの責任問題にまで発展したのか。
その理由は、協会側のメディア対応をめぐる危機管理の失敗にある。
■禁じ手「涙と弁明」の謝罪会見
謝罪会見の場合、レンズの先…テレビで見ている被害者に気持ちを伝えるのはもちろん、利益を共にする関係者も納得するようわかりやすく説明しなければならない。
しかし日馬富士と伊勢ヶ濱親方は謝罪会見で納得しがたい弁明に終始した。
日馬富士はモンゴル出身の後輩・貴ノ岩に暴行したのは「後輩の指導だった」と自らの正当性を主張。伊勢ヶ濱親方も弟子を思って涙を見せた。
加害者側の涙は「泣きたいのは被害者の方」という感想を抱かせる。
涙や弁明は、謝罪の意味が薄れるという点で禁じ手だ。
■禁じ手「情報発信の複数化」
事件や事故が起きた際、さまざまな立場の人たちが勝手に情報を発信すると、情報が不正確に伝わってしまう。
不祥事でメディア対応する場合、「ワンボイス=情報発信者の一本化」が大原則だ。
情報は企業・団体内で取りまとめ、精査したうえで、常にワンボイスにするのが望ましいが、ここでも協会側は信じられないような対応を見せる。
事件の当事者のほか、広報部長、危機管理委員会の委員長、理事長、さらには横綱白鵬、相撲協会の重要事項を決議する強い権限を持つ評議員会の議長まで、私見を交えた情報を、それぞれが、それぞれの立場で公表したのだ。
発信者が複数いると内容に食い違いが生じる。
記者に質問されると、今度は別の人が違う意見を言うという悪循環。
騒動は収束に向かうどころか、拡大の一途をたどる皮肉な結果となっている。
■禁じ手「憶測招く不正確な情報」
ワンボイスが徹底されない中、メディアではさまざまな情報が飛び交った。
たとえば日馬富士と貴ノ岩が和解したという不正確な情報では、「被害者がケガを過大に言っている」「貴乃花親方に操られている」という憶測として広がり、テレビでは肯定と否定が繰り返された。
貴乃花親方が協会に通報しなかったという情報では「通報したら協会がもみ消すつもりだった」という憶測が生まれ、こちらも真偽をめぐり議論が繰り返された。
不正確な情報が憶測を招いた形で、いずれも、協会側が早期に事実関係を公表していれば避けられた問題だった。
■「問われる協会の体質」
メディア対応で危機管理上やってはいけないことをいくつか挙げたが、協会側はほかにも、問題発覚直後、初動対応に遅れたことや事実確認の不備、資料不足、さらにはトップが指導力不足を露見させるなど、さまざまな禁じ手を連発した。
それはまるで危機管理失敗の見本市のような感じすら受ける。
メディアに対する危機管理の考え方はシンプルだ。
記者(取材者側)が納得する合理的な説明を、できる限り早くする、この一点に尽きる。
日本相撲協会もきちんとメディア対応ができる専門の広報が必要だ。