ひと昔前の映画で
ブラット・ピット主演の「ベンジャミン・数奇な人生」を鑑賞!
とても感動し、深く人生について考えさせられた映画です。
まず、監督・脚本家・俳優・スタッフに感謝いたします。
永遠とは? 「老いること・死・誰でも避けられない宿命」を
人と違う真逆の人生で問いかけた見事な作品でした。
化け物(体は老人で心(脳)が赤ん坊)として生まれ、
それを恥じた実の父親に捨てられたベンジャミン。
老いることへの憎悪が誰の心にもある心理の警告でしょうか?
ここから物語は始まりました。
幸い、捨てられた場所が老人ホームで、彼は心優しいクイニー(育ての親)に
出会えたことが最大の福運だと思う。
クイニーは本当のわが子のように愛情深く育て、
周りの老人たちも奇異な目(自分と同じ老人とみていた)でベンジャミンを見ることなく、
彼は人と違って若くなっていき、成長?していきます。
その人生でいろいろな人たちと出会う。自分の人生に影響を与えた人たち。
デイジーを愛するまで、彼は自分の人生を受け止め楽しんでいたと思う。
周りの老人たちも疑念も持たずに接していた。
それは、彼ベンジャミンの心がピュアだからと思う。
ベンジャミンは人との間(人を優劣でみる哀れな原因)に差別なく接する本能で
いろいろ吸収し学んでいく。
ベンジャミンは人に対し、欲もなく否定もなく、有りのままを受け入れる。
そして、その様に自分をも受け入れた。
これは、学ぶ大事なメッセージだと思う。
愛するとはいったいどういうことだろうか?
真に愛する人と出会って愛が深まるほど、相手を思う気持ちが深まる。
その思いが相手の幸せを願うのね。
その心を持つ事の大事さ!人生の真の幸福は勝ち取れないと思った。
もし、彼に愛に対する損得があれば不幸な人生だったに違いない。
彼を育てたママ(クイニー)の愛が、有りのままの彼を受け入れ、
彼の幸せを願ったから、彼は人生を受け入れることができたのだと思う。
しかし、彼も愛する家族ができ父親になって苦悩し始めた。
ベンジャミン以外の人は老いていくのに、彼は人とは真逆の成長?をする苦しみから
彼は愛する家族の元を去り孤独の旅にでる。
この時、ベンジャミンはどれほど苦悩したか?
愛すれば大事に思うからこそ、辛い選択をしざる負えない自分の宿命を恨んだことだろう。
デイジー(妻)もまた受け入れなければならない宿命を恨んだと思う。
娘のキャロラインが12歳の時、彼はデイジーの前に現れる。
「君を忘れることができない」離れた時間どんな孤独な時間を過ごしとことだろう。
デイジーは自分よりはるかに若くなっているベンジャミンに老いた自分を恥じた。
女としてやはり愛する人に自分が醜くなっていく姿を見られたくない、でも、心は求めている。この葛藤は痛いほどわかる。
その女心もベンジャミンは受け止めたのだ。
決して自分の欲望に流されるのでなく相手を思う。
なかなかできないから苦しむ訳で、真に愛するという尊い気持ちを教えていただいた
この物語に感謝する。
時が過ぎ、彼は認知症を患った子供として、又デイジーの前に現れる。
過去の記憶がなく徐々に赤ん坊に戻っていく彼をデイジーは育てていく。
彼女は愛したベンジャミンの数奇な運命を有りのまま受け止め、最愛の人を見送った(生まれたての赤ん坊として死を迎えたベンジャミン)のだ。
最後のやるべきこと、それは、愛する娘キャロラインにベンジャミンの日記を通しながら、
父であるベンジャミンがどれほどキャロラインを愛していたかを告げること。
デイジーは全ての使命を果たし、人生を閉じた。
映画の中で影響を受けた様々な人たちが重要なメッセージを残している。
ママ(変化):
誰でも昨日の自分とは違う。変化し続ける。誰にでも言えることだから他人と比較しない。
ピグミー(孤独):
背が小さい・高い・白人・黒人・金持ち・貧乏に係らず人は最後は必ず1人で死んでいく。
船長(∞):
蜂鳥は生きるために羽を無限大に動かし続ける。羽が10秒止まったらそれは死ぬこと。
生き物には無限大の可能性が秘められていて、無限大に与えられた運命(使命)がある。
デイジー(見た目):
苦悩は、他人の「見た目」が、本来の自分を恥じ・哀れむ悲しい性(さが)。
有りのままを受け入れる大きな心。
私が自分を語るとき、私が誰で何のために生きてきたかを知ってもらうには
2時間あれば十分に足ります。
私の人生にどれだけの人たちが係ってどれだけの人に影響を与えたか!
善くも悪くも、因果関係は永遠に継続されるわけで、
この映画を観て素直に「恥じずに・自分を哀れむことなく感謝で生きていこう」と
思てた名画でした。