日常生活で見られる行動、アクションを観察し、言葉で説明できるようになっておく。(なにげない行動に見えるけれど、実ははっきりした意味がある、と伝えられるように)
をやって、第3回に進みたいと思います。
赤、青、白のものを状況の中において描写する、はちょっと意味が分からなかったので、ほっときます。残してる課題もあるけど、このまま止まってしまうと嫌なので進みます。
上の課題も、どういうことなのだろうと分からないところはありますが。
というか、意識して生活するのは難しい。
・扉を開けて通るとき、その扉を支えておく。→後ろの人も通れるように。
・開けにくい蓋にゴムをまく。→開けやすくするために。
・2人で歩いているときに並びを変える。→相手に歩道側を歩かせるため。
とりあえず、この3つ。
では、第3回に進みます。
演技すること(Acting)とは、何かをすること(Doing)、とアドラーは言います。
セリフを言うことが演技ではありません、と。
ここから数回の目標は、「人間の行いがどんなに複雑であっても、それをシンプルに、ストレートに遂行すること」。
ここまでの話でも、アドラーはセリフのことはほとんど言ってません。話すときには、シンプルな言葉を使ってとか、大きなサイズをもって喋りなさいとか。どうセリフを言うとかって話はほとんとしていないと思います。
アドラーはこのレッスンの初めに「椅子を見て」「電灯を数えて」というような指示を出しました。
意味のあるアクションには、着地点がある。目的となるものがある。ということを伝えています。
ただ「見て」「数えて」と言われても、何を見て何を数えていいのかわからず、あやふやです。
また、例えば、(僕の部屋だと、)「イーゼルを見つけて」というのと「カーテンの中で一番明るい部分を見つけて」だと、後者のほうが難しい。
というのは、着地点、目的となる対象物がより小さく絞り込まれているからだ、というようなことをアドラーは言っています。
そこから、何が目的かによって、動き方が決まる。目的によってアクションが難しくなったり、激しくなったりする。
何を「どう」演じるかだけを考えてもしかたない。「目的が何か」をはっきり知れば、そのゴールに向かって具体的に行動ができる。と言います。
さて、自然のものを持ってきてください、という課題は、それを見て、その特徴、自分に見えるものを相手に伝える、というレッスンをするためでした。
やってみます。
「楕円で、手のひらに収まるくらいの大きさ。片側にへたのようなものがある。茶色の斑点みたいなのに包まれて、皮は茶色。その斑点のところから、茶色のうぶ毛みたいな毛が生えている。細くて短くて少しだけ固いから、触り心地は少しざらつく。その斑点の薄いところは、暗めのグリーン。」
さて、どうでしょう?
僕が持ってきたものは、キウイでした。
冷蔵庫を開けたら、半分に切ったキウイがラップにくるんであって、あんまり見ないものだから、おっと思って。
この課題に対してもアドラーは、シンプルでストレートな言葉を使うように言います。
また、あなたの中に存在するものを見せて伝えなさい。あなたの感動が私に伝わるまで、表現のしかたを磨いてください。と。
あなたの中に存在するもの、ってのは、想像力のことなんだろうな、と思いました。
アドラーは、イマジネーションとは「普段考えてもみなかったことを、ひょっこり思い出す」能力のことだと言います。
僕は、想像力のこと、その言葉、を少し違うものと考えていた気がします。
さて、クラスでは、空を見る、見て描写する、エクササイズをします。
描写するというのは、キウイでやったことのようなことです。
そのなかでアドラーは、今の空と2時間後の空は違う形でしょうね。状況が違えば、「雲を見る」というアクションも同じようでいて違ってきます、と言います。
この場合の状況は、時間ですね。
そして、自分の動きだけに集中してはいけない。周囲を見る、知る、想像することが必要だ、と言います。
赤、白、青のものを、それが置かれている状況と一緒に語るエクササイズも、その色の周りの世界を意識してもらうため、だったそうです。
(この課題については、ほぼこれだけしか触れられていません。そして、日常生活での行動の課題はまったく触れられず第3回はおわりました。)
今回は次週までの課題が新しくは出ませんでした。
これまでのことを続けつつ、アドラー自身が幼いころから俳優だった父に、人を見てまねなさい、と言われていた話を挙げているので、これも気をつけてやれるようにしたいです。
では、また地道に。