年末に鼻出血をし、お医者さまが通勤してくるのを待ってすぐに耳鼻科の処置室へ直行。片方の鼻の置くまで薬のついているガーゼを突っ込まれ、糸で何やら結んでいる。鼻からと口から。
ガーゼは鼻の奥で鼻腔を2つとも塞がれ、口呼吸になって、こらがまた苦しいのなんのって。。。
舌は完全に乾燥しきって真っ白になってイボイボがはっきり出ている状態。おまけに水分禁止。最悪…
うがいはするけれども、自然と水分を摂る事になるので、あまりできない。そんなこんなで1ヶ月は辛い状態でした。
私の入院中に週に1度母が電車で2時間ほどかけて私の祈願をしにお寺へ行っていました。
病室に入ってきた母がベッドで横たわっている私に伝言で「これがあればわしがいつでも傍にいると思って心強いじゃろ」と言って特別に作って渡してくれたお守り。外見は普通のお守り。
年明けにシャントの手術をする時も、ダメだというものを何とかお願いして頭に巻く頭巾?の中に入れて常に一緒に居てくれた大切なお守り。
ある日、あまりの辛さから「こんなお守り、何も効かない!」と言ってお守りに失礼な事を言ってしまったのでした。
次の日の朝、いつもは肌身離さず付けていたのに朝食の時か、着替えた時か忘れたけれど取って枕元へ置いて横になって食事をしたのでした。そして、透析の時間が来たので看護師さんがストレッチャーと共にやってきたとき…お守りが無い!
必死に探したけど無いんです。
あれだけ罵倒していたのに、私は心細くなって、でも時間だから仕方なく透析に向かうことになったのです。
普通なら穿刺をしてすぐに透析開始…のはずが、何度も何度も腕に針を刺されて探られて痛い…約2時間くらい粘ってくれた先生。
「入っているんだけどなぁ。もし、何かあったら呼んでくれ」と言ってそのまま診察に行ってしまったのでした。
その間は血液を何とかダイアライザーという人工腎臓まで届かせ、血液が管の中で固まらないように看護師さんが私の腕を握ったり離したりしながら血液を流していたのです。
やっとソケイ部から針が抜けて腕で透析をできるところまでになったのに…その時、婦長さんが「またソケイ部かな?と言いながら先生を呼んでくるね」と言って部屋を出て行った…その時、病棟の看護師さんがやってきたのです。
「お守りが見つかったよ!懐に入れるからね」と言って私の寝巻きの胸の中へスッと入れた途端、血液がいきなり管の中を流れ始めたのでした。その後は順調に透析が終了。
え?え~~~!?
普段なら午後2時には部屋に戻っていたのに、その日は夕方に戻り、母も私の姿に驚いていた。寝巻きが血だらけになり、しかも夕方。その壮絶さはすぐにわかったそうです。
母は仕事だったのですが、お守りの事が気になって途中で帰ってきて看護師さんの協力を得ながらシーツの洗濯物やいろんな所を探して回り、大騒動だったらしいです。
やっと見つけたお守り…それは私のベッドのシーツと首から下あたりに敷くシーツの間に挟まっていたそうです。
そんなに簡単に滑って間に挟まるような事は容易には考えられず、きっと私がお守りの重要性を知らせる為に隠れてしまったんだろう…。と推測しているけど、やっぱりすごいお守りなんだ!という事だけは判ったので、それからは大事に大事にすることになったのです。
あるとき、他の患者さんも同じ事を言っていた事があったので、「お守りさんはけなさないほうがいいよ。私、大変な目にあったから…」
「どうしよう…」
「ごめんなさい。って謝れば大丈夫。」ってアドバイス?しました。
みんな苦しい時はそういう思いになるんですね。
辛いから、気持ちはよくわかるわ。
それから数年後、そのお守りが身代わりになって私は再度命を助けられることになるのです。
いろんなお守りを持つよりも、1つ心の篭ったお守りが一番効きますね。大事にしなきゃ。。。
