帰りの電車に乗る時、朝顔の鉢を持っている人を見かけた。

少し大きめの鉢だった。

あれ、もう朝顔市の季節なのだろうか。

そんなことを思っていたら、小学生の頃のことを思い出した。

夏休みの観察日記。

まだ低学年だった私は、母と一緒に毎朝、朝顔を見ていた。

今日は何輪咲いているだろう。

つぼみは増えただろうか。

それらを確かめるのが、少し楽しみだった。

朝顔は、夏休みの花だった。

朝に咲き、昼にはしぼんでしまう。

だからこそ、毎朝見ることに意味があったのかもしれない。

電車の中で見かけた朝顔の鉢は、ほんの一瞬だけ、遠い夏休みを連れてきた。