『建礼門院右京大夫集』を読みました!



今はたゞ しひてわするゝ いにしへを 思ひいでよと すめる月かげ

ながむれば 心もつきて 星あひの 空にみちぬる 我おもひかな

…この二首が好きで…いつか読んでみたいと思っていたのです。

建礼門院右京大夫は、その名のとおり、
建礼門院徳子に仕えた女房。

その家集は『平家物語』と表裏をなすもの。
平家方の女房が、
花やかなりし内裏の追憶、
そして吹き払われるようにして消えていった者たち、中でも関係のあった平資盛への哀惜を、綴る。
日記的家集、と言われるだけあり、詞書にかなり比重が。
むしろ詞書の方が美しかったりするところも…。

これを読むと、『平家物語』に出てくる人物たちが、また別の顔を見せ、
やはり人は一面のみにて語れるものではないなと改めて思わされます。

そして、この建礼門院右京大夫、
もちろん才媛であろうことは疑いようもありませんが、
なんというか、清少納言や和泉式部、紫式部…ほど、飛び抜けたものはない。
もちろん取り巻く時代と環境の違いはあるのですが。
でも、だからこそ、私たちと近い感覚に、共振しやすいかもしれません。

歴史とはやはり、そこに生きたひとりひとりのものであると。
ひとりひとりの人間がうみだすものだと。

彼女がみたもの、感じたことを通じて、
平安末期から鎌倉時代が、日本史上最も大変な変革と動乱の時(のひとつ)だったことを外側からでなく、内側から想像することができるのでした。
貴族の世から、武者の世へ。
京都から鎌倉へ。

愛した人が海の底へ消え、
一時の栄華は夢のよう。
せめて書き遺しておきたいという思いと、多少の自己顕示欲…。

あの人はそこにいた、
私はここにいる…!って誰もが叫びたいものね。心の奥では。

さて、気に入った&気になった うた をメモしておきます。
(私の勝手な感想を差し挟んでいるので長いです…)

☆☆☆

名に高き ふた夜のほかも 秋はただ いつもみがける 月のいろかな

※名月、といわれる夜でなくても、秋の月はいつも美しいと。
磨ける月の色、という表現が好きです!
確かに秋の月は磨かれた銀器のようですね?

☆☆☆

身のうへを げにしらでこそ あさがほの 花をほどなき ものといひけめ

有明の 月にあさがほ 見しをりも わすれがたきを いかでわすれむ

※あさがおが儚い花だなんて、自分たちがもっと儚いものだと知らずにいたから言えたのよね…と、彼女がいうと重みがあります…

☆☆☆

神垣や 松のあらしも おとさえて 霜にしもしく 冬の夜の月

※霜にさらに霜をしく、冴え冴えとした冬の月の光の表現が素敵です。

☆☆☆

よしさらば さてやまばやと 思ふより 心よわさの またまさるかな

※わかる~!!
もうやめにしよう、もうこれで終わりにしよう、と思っても…ってこと、あるでしょう!
人間そんな強くないんです…

☆☆☆

栗も笑み をかしかるらむと 思ふにも いでやゆかしや 秋のやまざと

※これかなり気に入りました!
栗も笑み…って可愛い♪
イガがパカッと割れた様子を
栗が笑ってる…って!
定型の表現なのか?オリジナルなのか??
音の重ね方もユーモラス。

☆☆☆

思ふどち 夜半のうづみ火 かきおこし 闇のうつつに まとゐをぞする

たれもその 心のそこは かずかずに 言ひ果てねども しるくぞありける

※こちらも
わかる~!シリーズ(?)!
まとゐって何かなと思ったら、
円居
だそうです。
つまり、気のおけない女友だちが車座になってるわけですね。
夜の女子トークです。
本当に気心知れているからこそ、お互い胸のうちに
うづみ火 があること、知っているの。
そんなこと、言わないけど、わかってるの。
いい距離感を保てている関係ですよね…。

☆☆☆

月をこそ ながめなれしか 星の夜の 深きあはれを こよひ知りぬる

※ちょっと、ハッとした うた でした。
亡き人への悲しみを詠ったものの中に、ふと、訪れる一瞬の心の解放。
こういう経験も、誰しも一度はあるんじゃないかなあ。
満天の星空、なにか大きな自然の美しさに触れたときの、あの気持ち。


☆☆☆

まだらなる犬の…中略
呼びて袖うち着せなどせしかば、見知りて馴れむつれ、尾をはたらかしなどせしに…中略

犬はなほ すがたも見しに かよひけり 人のけしきぞ ありしにも似ぬ

※平家が追われ、新しい主に仕える彼女。
もといた場所に、かつての人々はいない、あるいは、様変わりしている。
そこに、昔見たような犬を見つける。
別の犬なんですけど…
犬は昔と似ているのに、人は似ても似つかないわ
なんて、こういうことに 犬 を出してくるのって珍しいのではと!
しかも、昔可愛がっていた犬の様子がとっても可愛いです。
尻尾フリフリしていた…様子が目に浮かびます!
文学では猫優勢ですから…清少納言を意識したのかもしれませんが、
犬派には嬉しい記述です!

☆☆☆

限りありて つくる命は いかがせむ むかしの夢ぞ なほたぐひなき

露ときえ 煙ともなる 人はなほ はかなきあとを ながめもすらむ

☆☆☆

「『いづれの名を』とか思ふ」ととはれたる、思ひやりのいみじうおぼえて、なほただ、へだてはてにし昔のことの忘られがたければ、「その世のままに」など申すとて

言の葉の もし世に散らば しのばしき 昔の名こそ とめまほしけれ

かへし
おなじくは 心とめける いにしへのその名をさらに 世に残さなむ

※家集のおわりに。
定家とのやりとりが載せられていて、これがグッときます。
歌集にうたを撰出された彼女。
定家は、昔の名と今の名、どちらで載せましょうか?と訊いてくれるのですね。
(新しい主に仕えているので呼び名が変わっているわけです)。
定家の心遣いにも感じ入ります。
そういうこと、理解して気遣ってあげられる人だったのだなあ、定家サン。素敵…。
彼女は迷いなく、
建礼門院右京大夫
この昔の名をとる。
遺しておきたい!という切なる思い。
ズンとくる終わりです。

彼女の願いどおり、今私たちは、その思いを受けとることが、出来るのです…

………
平家物語 もそのうち読み返したいですね。
今はちょっとそのエネルギーありませんけど…!